伊藤比呂美「アメリカで暮らしていた老犬・ニコとの再会」
ところで、補聴器にはすてきな機能がある。いつだったかアメリカに行く直前、定期チェックに行ったとき「英語モードにしておきますか?」と聞かれた。説明書を読まないから、そういう機能があることも知らなかった。実は違いに気がつかなかったのだが、英語モードを装着してると思うだけで、英語の理解度があがるような気がする。 それで今回は、作りたての新品を、英語モードに、きんっきんにチューンナップしてもらったのだった。 というのも、孫の襲来だ。 あたしが日本に帰ってすぐ、カノコが孫たち、11歳と8歳を連れてくる予定だった。ちょうど新学期も落ち着いて、感謝祭休みを挟んで、長く休めるのはこのときしかない。そしてついでに老犬ニコを連れてくる(ニコについては、『ショローの女』の「夏星をニコもとほくで見てるだろ」の章をぜひ読んでいただきたい)。ニコは18歳。人間なら87歳(夫の死んだ年齢)や89歳(父の死んだ年齢)くらいである。 ニコを日本に連れてくることは、ここ数年間の悲願だった。1度試みかけ、コロナで潰えた。そしてまたそのための準備を、カノコサラ子を巻き込んで、ほぼ1年がかりでやり遂げて、ようやくそのときが来たのである。 で、間に合った。 ニコの命にも間に合ったし、孫たちのためには補聴器が間に合った。ぺらぺらと容赦なく、アメリカの子ども語でしゃべられるとわからなくなるが、後はくっきりはっきり聞き取れた。孫たちと、なんだかんだと話しながら、あたしは心の中で、Baba(あたしはそう呼ばれている)は、あんたたちのために、補聴器を買い直したんだよ、英語に今まで苦労してきたんだよ、としみじみと思っていたのである。
伊藤比呂美