「好きなこと」ならリスクは自己責任?ーー俳優の労災特別加入で労働環境は変わるか
多様な働き方が当たり前になった時代。「雇用によらない働き方」をする人たちをどう保護するかが議論されている。その一つが労災保険制度だ。今年4月、特別加入の対象が拡大され、芸能従事者、アニメーション制作者などが新たに追加された。そのなかでも芸能界は、けがや死亡などの重篤な事故が1年に数件以上の頻度で発生している。しかし「好きなことをやっているのだから、リスクは自己責任」という考えが根強い。労災保険センターを立ち上げた俳優と加入したスタントマン、労災で亡くなった舞台俳優の遺族に話を聞いた。(取材・文:長瀬千雅/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
労災に加入したスタントマン
カースタントの仕事の一つに、交通安全教育のための「交通事故再現」がある。プロのスタントマンが学校に出向き、校庭などで実際に自動車を走らせて、自転車に乗った人間をはねたり、トラックに巻き込まれたりする場面を実演する。 場面は作り物だが、演じるのは生身の人間だ。2019年には京都で、歩行者役のスタントマンが過って同僚が運転するトラックにひかれ、死亡する事故が起きた。報道によれば、男性はトラックの死角に入ってひかれる高齢者の役を演じており、接触したあとバンパーにしがみついて数十メートルひきずられるはずだったが、車体の下に巻き込まれた。 九州でカースタントとボディースタントの会社を運営する岩永ミチアキさん(52、仮名)は、他社が起こした事故ではあるが、知らせを聞いて、実演の際の安全マニュアルをさらに強化した。 「本気で見直しましたよ。主催する自治体と学校と私の三者で事前に打ち合わせをすることはもちろん、グラウンドに車を入れるときは時速何キロ以下で、前後に何人つけるとか、荷下ろしは補助の人員をつけるとか。細かく書いています。誰がやることになっても迷わないように」
岩永さんは自治体から発注を受けて、アクション俳優を志す若手スタントマンらを集めてチームを組み、実演を行う。参加するメンバーには必ず傷害保険に入ってもらう。 自身も保険に入っているが、さらに今年4月から、公的保険である労働者災害補償保険(労災保険)に加入した。 労災保険は労働者を保護するための制度だ。会社員であれば、会社(事業主)がその人の保険料を支払っている。一方、スタントマンの多くはフリーランスだ。事務所に所属していても、雇用契約でなければ「労働者」とみなされない。 ただし、労災保険には「特別加入」という仕組みがあって、雇用契約でなくても、労働者と同じような働き方をしている人に加入を認めている。建設業の一人親方や、個人タクシーのドライバーなどがそれに当たる。そこに、スタントマンを含む「芸能関係作業従事者」が加わったのだ。 「今回の個人で入れる労災は、かなりの驚きでした。『そんなことできるの?』と思いましたから」