障害児の親を悩ませる、もう一つの「小1の壁」――突きつけられる「就学活動」の現状 #こどもをまもる
辻さんにとって幸いだったのは、翔真さんの姉が通学していたことで当時の直川小学校の校長と顔見知りだったことだ。校長は「判定が支援(特別支援学校)でも、地域(の学校)に来てもええんやで」と優しく声をかけてくれた。しかし、この決断を保健所で伝えたときに返ってきたのが冒頭の言葉だった。 専門家の言葉に悩まされたが、最終的には当初の意思を貫いた。同世代の子どもたちはもちろん、通学路に面した家に住む地元の人々にも翔真さんの障害のことを知ってもらえた。バスで特別支援学校に通っていたら、知り合えなかった人々だ。14歳になった翔真さんは現在、特別支援学校中学部に通うが、今でも小学校の同級生たちは翔真さんに会うと声をかけてくれる。しかし、就学活動のときのつらさは、今も忘れることはない。
愛する子どもを社会から否定される経験
元テレビ朝日のアナウンサー・記者で、現在は東京都議会議員の龍円愛梨さん(46)も就学活動に頭を悩ませた一人だ。シングルマザーとしてダウン症のある小学4年生の長男を育てる龍円さんは、「愛する子どもを社会から全力で否定されたと感じる経験でした」と当時を振り返る。 「通常の学級は知的障害児にふさわしい学びの場ではない」「子どもがかわいそうだ」「親のエゴが子どもをダメにする」――。通常学級への入学を希望する龍円さんに対し、いろいろな人から投げかけられる言葉は容赦なかった。一時は立ち直る気力が湧かないぐらいに打ちのめされ、「もう生きていたくない」とまで思ったという。 現在は都議として教育政策に力を入れる龍円さんは、障害のある子どもの就学に関して区市町村の教育委員会の姿勢が頑なになる理由の一つに「予算の構造」を指摘する。 「東京都の場合、特別支援学校では児童生徒一人当たり約750万円かかり、これは都の全額負担です。これに対し、地域の学校でかかるのは、児童一人当たり約108万円、中学校で生徒一人当たり約141万円。この差額約600万円は区市町村の負担となります。この負担ができないことが、障害のある子どもを特別支援学校へ押し出すことにつながっている。就学先を最終的に決定するのは区市町村ですから」 教員の多忙さも障害のある子どもの親が就学活動を強いられる一因としてよく挙げられる。4月28日に文部科学省が公表した教員勤務実態調査(2022年度)によると、小学校教諭の64.5%が教員給与特別措置法(給特法)に基づく指針が定める残業時間の上限「月45時間」以上の長時間労働をしており、「月80時間」以上の過労死ラインに達する教諭も14.2%に達した。インクルーシブ教育に詳しい関西学院大学の濱元伸彦准教授(教育社会学)は「単に労働時間が長いというだけでなく、現行の教員評価システムや新しい学習指導要領への対応などに伴い業務が複雑化し、教員の多忙感はより強まっている。こうしたことも、地域の学校が障害のある子どもに門戸を開かない原因の一つとなっているのではないか」と指摘する。