「国家の命運は目先の軍事力ではなく経済力が決める」――大河ドラマの原作となり得る金融家の生涯
後世に活かされた教訓
著者は、この間の日本の財政状況と金融政策、外国為替市場や株式市場の動向、物価と実体経済の動きをデータで示しながら、軍部と政党政治家の行動により日本の議会制民主主義が機能不全に陥り、国家としての日本が国際的な孤立へと向かう様子を克明に記述する。そして、是清がこうした流れに抵抗する最後の盾となることを自らの使命として自覚していたことを示す。 本書を通読することで、読者は、幕末から昭和初期にかけての日本を取り巻く世界情勢や関係各国の内情、日本国内の政治や社会の変化、そしてその中で展開されていた人間模様を巨視[マクロ]的かつ微視[ミクロ]的に知ることができる。また、激動の時代の中で是清という一人の人物が成長し、社会の中で重要な役割を果たしていく様子をつぶさに見ることができる。まさに歴史小説の神髄であり、本書は大河ドラマの原作となり得る作品との感を強くする。 本書は是清の死をもって終わるが、歴史はそこで終わったわけではない。戦中戦後の日本の歴史は、是清の後継者たちによってつくられていくこととなる。例えば、戦後の歴代総理大臣の顔ぶれをみると、高橋財政期に3名(政友会の芦田均と鳩山一郎、社会大衆党の片山哲)が衆議院議員を務めていたほか、5名(吉田茂、岸信介、池田勇人、佐藤栄作、福田赳夫)が官僚として政策の立案や執行に携わっていたことになる。 このうち池田は、若手大蔵官僚として是清の部下であった。また、石橋湛山はジャーナリストとして大蔵大臣の是清に直接インタビューしている。さらに、大平正芳と三木武夫は高橋財政時には学生であったが、大平は是清の腹心の部下の一人であり同郷の津島寿一の伝手で是清が暗殺された1936年に大蔵省に入省し、三木はその翌年に政治浄化の志を抱いて政治家となる1。これら戦後のリーダーたちは、是清の生きざまと是清死後の日本が辿った凋落の過程を自らの胸に刻み、戦後の復興と高度成長の実現に力を尽くした。その意味では、是清が生きた時代の教訓は、後世に活かされたとみることもできる。 最後に、本書の「あとがき」にも言及があり、英語版の是清の伝記2を執筆され、本書の完成を心待ちにしておられたピッツバーグ大学名誉教授のリチャード・J・スメサースト氏が本年5月に逝去されたとの報に接した(享年90歳)。心よりご冥福をお祈りしたい。 1Masato Shizume (2021), The Japanese Economy During the Great Depression: the Emergence of Macroeconomic Policy in A Small and Open Economy, 1931-1936, Springer, p.105. 2Richard J. Smethurst (2007), From Foot Soldier to Finance Minister: Takahashi Korekiyo, Japan’s Keynes, Harvard University Press.(邦訳『高橋是清 日本のケインズ―その生涯と思想』鎮目雅人・早川大介・大貫摩里訳、東洋経済新報社、2010年) ◎鎮目雅人(しずめ・まさと) 早稲田大学政治経済学術院教授。1963年生まれ。85年、慶應義塾大学経済学部卒業後、日本銀行入行。2006~08年、神戸大学経済経営研究所教授、日本銀行金融研究所勤務などを経て2014年より現職。博士(経済学:神戸大学)。
鎮目雅人