「国家の命運は目先の軍事力ではなく経済力が決める」――大河ドラマの原作となり得る金融家の生涯
戦前の日本を代表する政治家は誰だろうか? 大久保利通、伊藤博文、山県有朋、大隈重信、原敬、近衛文麿、東条英機などが有力候補かもしれないが、幕末開国期から軍部台頭期までを通して生きた人物というと、「ダルマ宰相」のニックネームで知られ、2.26事件で凶弾に斃れた高橋是清の名が挙がるのではないだろうか。その波瀾の人生の軌跡をたどった長編伝記小説『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯 上・下』を、金融史を専門とする作家・板谷敏彦氏が上梓した。その読みどころを早稲田大学教授の鎮目雅人氏が紹介する。 ***
深井英五がつぶやいた言葉
本書は、金融家として明治から昭和初期にかけて日本の命運を背負った高橋是清(1854~1936年)の生涯を描いた上下2巻にわたる大作である。「あとがき」にあるように、その原型は、『週刊エコノミスト』誌に2018年7月10日号から2022年12月20日号まで4年半、217話にわたって連載された「コレキヨ 小説 高橋是清」である。 本書の主題は、「国家の命運は目先の軍事力ではなく経済力が決める」という言葉に端的に表れている。本書の中では、腹心の部下であった深井英五が2.26事件の凶弾に斃れた是清の葬儀に向かう車中でつぶやいた言葉であるとされている。是清は、文字通りその生涯を賭して、上記の原則に沿って近代日本の政治と経済を導いたが、日本がその原則から道を踏み外す中で暗殺された。 是清は、明治維新後の日本が直面した数々の課題に対して、その時々に自身が置かれていた立場で、近代国家としてのあるべき方向性を示し、そこに至る方法を自ら考えて実践した。是清が主に対峙した相手は、政治面では軍部であり、経済面では国際金融市場であった。 板谷氏は、周到かつ綿密な調査に基づき、是清の公私にわたる事績を、客観的な眼で史実に基づいて詳細に記述している。さらに、先にみた深井の発言のように、歴史書ではなく小説であるという特性を活かして、重要なエピソードに意味を添えるキーワードを随所にちりばめている。