【MotoGP分析コラム】ミシュランタイヤでグリップ得られる“魔法の数字”。タイヤを上手く使う理論は
オランダ出身の元クルーチーフでデータ記録の専門家であり、ジャーナリストでもあるピーター・ボムのMotoGPコラムをお届け。初回のテーマは『MotoGPのタイヤ』だ。2016年からMotoGPではミシュランタイヤが唯一のタイヤサプライヤーとなったが、その使い方や管理方法をミシュランのピエロ・タラマッソのコメントやデータとともにピーター・ボムが分析する。 【写真】MotoGP:ミシュランタイヤのスリップレベルのパーセンテージデータ ーーーーーーーーーー ●MotoGPタイヤの使われ方 ■イントロ 外から見ると、タイヤをエキサイティングで興味深いものだと感じるのは難しいかもしれない。しかし、私を信じてほしいのだが、タイヤはMotoGPで成功するための一番の鍵なのだ。 利用可能なタイヤを最大限に活用できるように、バイクを設計してセットアップを行っているレースチームは、レースが始まる前からすでにその価値を把握している。 しかし、チームはどのようにして適切なタイヤを選び、ライダーは何に注意を払うべきなのだろうか? 現在のMotoGPタイヤがどのように機能しているのか突き止めるために、ミシュランの二輪モータースポーツマネージャーを務めるピエロ・タラマッソから話を聞いた。 ■スリップはグリップ! より高い動的摩擦係数(グリップ×ホイール圧)に加え、ある程度のホイールスピンもタイヤと路面の間のグリップレベルを高める。現実として、タイヤがスリップし始めると、実際にグリップレベルは上がるのだ! タラマッソは次のように説明している。「タイヤをうまく機能させるためには、空気圧を適切に設定し、カーカス内の動きによって熱を発生させる必要があるが、スピンを発生させる必要もある。(スピンが)足りないとグリップが下がり、スピンが過剰だとタイヤがオーバーヒートしてグリップが下がることになる」 ピエロ、しかし十分なスピンとはどれほどのもので、どのくらいから過剰になるのだろうか? 「我々のリヤタイヤから分かったのは、グリップを最適化するためには12%から15%がベストだということだ。グリップを最適化するにはそのくらいが必要で、チームはこれをトラクションコントロールの目標としている」(タラマッソ) リヤタイヤをスピンさせてコーナリングを行うことのもうひとつの素晴らしい副効用は、バイクが“オーバーステア”になることで、そのためコーナーをよりうまく“まとめる”ことができることだ。しかし、この15%を超えると、グリップは急速に低下し、突如としてライダーはクラッシュしそうになってしまう。したがって、スリップレベルを常に理想に近づけることが課題となる。 ■MotoGPタイヤの使い方 現在のMotoGPライダーは、コーナーでフロントタイヤをアスファルトにしっかりと押し付けた状態で、深くブレーキをかけなければならない。今日では、後輪もアスファルトに接触させたままにしたいと考えられている。このグリップも、よりよいブレーキングに活用できるようにするためだ。 その後、深くブレーキをかけたままライダーはターンインし、フロントタイヤがすでにわずかに滑り始めているかどうかを“感じ”る。これは明らかに限界であり、この限界の感触はまさにマルク・マルケスやフランセスコ・バニャイアのような世界チャンピオンを特別な存在にしている。彼らはその限界を非常に早く見つけ、タイヤをその絶対的な限界で維持することができる。 スロットルをミッドコーナーで開くよりも、リヤタイヤを十分に速く回転させることが重要だが、確かにやりすぎてはいけない。繰り返しになるが、これは特別なライダーが非常にうまくやり遂げることで、すぐに魔法の数字である12%から15%のスピンレベルを正確に維持する。しかし、そうしている間も、彼らはさらなるコーナリングとグリップの両方の恩恵を受けることになる! リヤタイヤを長時間スピンさせすぎるライダーは、グリップを失う。タイヤが熱くなりすぎるためだ。フロントタイヤに頼りすぎる(もしくは他のバイクのすぐ後ろで長時間走行する)ライダーも、フロントタイヤの温度を上昇させることになるだろう。こうして温度が高まることで、タイヤ内の空気が膨張し、圧力が上昇する。 圧力が高いと接触面の形状が損なわれ、グリップとフィードバックが減少し、彼らにとってひどく厄介な状況になる。ここでの解決策は、少し速度を落とすか、前のライダーとの距離を空けることだ。このことから、賢いタイヤ選択とスマートなハンドリングとともに、“タイヤマネジメント”がなぜ現在のMotoGPで不可欠なスキルになったか理解できるだろう。 ■フロントタイヤ フロントタイヤの特性は、MotoGPバイクの設計とセットアップにとって最も重要なパラメータだ。速いコーナースピードを可能にするフロントタイヤは、通常、深く安定したブレーキングにはあまり適しておらず、当然ながらその逆も然りだ。フロントタイヤの特性を理解し、それを適切に使えるようになることは、すべてのチームの設計課題のリストの最上位にある。 フロントタイヤへの(ブレーキングによる)負荷は、グリップ全体にとって非常に重要なので、ライダーは実際には速度が遅すぎるためにクラッシュすることもある! なぜなら、コーナーでブレーキングを早く終えすぎてスロットルを早く開くと、フロントタイヤにかかる圧力が早すぎる段階で低くなるため、フロントタイヤを下から「押し出す」ようになるからだ。そのため本当に優れたライダーは、ブレーキ圧、バイク上のポジション、ターンインの瞬間に対処し、タイヤとターマックの接地面を最適に活用する。 なぜなら全体的なグリップは、ブレーキングに必要なものと、コーナースピードを速く保つために必要なものとをうまく分ける必要があるからだ。 ■リヤタイヤ 理想的なリヤタイヤは、グリップが高く、摩耗しにくく、素晴らしいフィードバックを返してくるものだ。残念ながら、そのようなタイヤはもちろん存在しないが、そのことは理解できる。クレジットカードのサイズの接触面のなかに約300馬力を転送することは、非常に難しいタスクだ! グリップに加えて、タイヤの摩耗は当然重要な役割を果たすが、特定のタイヤはレース距離全体で使うことが可能だろうか? 「我々は、中古タイヤをふたつのステップで分析することで、チームがタイヤの耐久性を見積もるのを助けている。最初のステップは重量を量ることだ。最大で約10%の重量の減少が想定されるが、その後、タイヤはその性能の多くを失う」(タラマッソ) ピエロ、そして2番目のステップは? 「ピーター、残念ながらそれは秘密だ」 マルク・マルケスが2022年のオーストラリアGP、フィリップ・アイランドでのレースでソフトリヤタイヤを選んだことに驚いたのを覚えているが(彼だけがそうしたのだ)、あなたはこの決定に関わった? 「マルクは、ソフトリヤタイヤでレースができれば、勝つチャンスがあると思っただけだと我々に言った。しかし、レース全体でタイヤがもつかどうかは疑問だった。測定上は、おそらく可能だと示されていると我々は彼に言ったが、ただしそれは彼がリヤタイヤに大きな注意を払う場合に限られていた。彼がもう少しで優勝するところだった(マルクは優勝したリンスのすぐ後ろで2位につけた)という事実は、それが本当に可能だったことを証明した」(タラマッソ) ■直接の競合がいないのに、ミシュランの状況/仕事/タスクが簡単ではない理由 高性能タイヤは動作範囲が狭い。その動作範囲内では非常に素晴らしい性能を発揮するが、その範囲を外れるとあまりかんばしくない場合がある。アスファルトと空気の温度、アスファルトの種類と粗さだけでなく、サーキットの性質などの要素を考慮すると、物事が非常に複雑になりやすいことが理解できる。 レッドブル・リンクやモビリティリゾートもてぎのようなストップ&ゴーのサーキットは、フィリップ・アイランドやTT・サーキット・アッセンの流れるようなコースとは大きく異なる。もてぎでは、ブレーキングと加速は主に直立の状態で行われ、短い直角のコーナーが多いため、タイヤの側面の使用時間が短くなる。アッセンでは、深く長いブレーキングははるかに少なくなるが、曲がりくねったコーナーが長いため、多くの時間でタイヤの側面が使われる。 それに加えて、さまざまな種類のアスファルトと、特に大きな温度差がある。ミシュランがこれらすべての異なる状況で優れたパフォーマンスを発揮するために、なぜ20種類のリヤタイヤと10種類のフロントタイヤを必要とするのか、その理由が理解できるだろう。 このことについてタラマッソが語った。「1年の最初のレースの前には、年間を通してすべてのトラックにどのタイヤを選択したかをチームに知らせなければならない。気象条件に関しては、もちろん事前に予測するのは難しいので、時には少し賭けをしなければならないこともある」 したがって、ミシュランの設計上の課題は、大きく異なるいくつかのバイクで適切に機能するタイヤを提供することだ。そしてそれが、彼らが行っていることだ。なぜなら、トップ3では異なるタイプのフロントタイヤとリヤタイヤがよく見られるからだ。したがって、利用可能なタイヤを最大限に活用できるバイクとライダーを持つマニュファクチャラーとチームが、最も成功を収めることができる。 ーーーーーーーーーー ■著者:ピーター・ボム プロモータースポーツにおいて、クルーチーフおよびデータ記録の専門家として25年以上の経験を持つ。世界選手権においてカル・クラッチロー(WorldSSP)、ステファン・ブラドル(Moto2)、ダニー・ケント(Moto3)のクルーチーフ/データ記録専門家を務めた。 [オートスポーツweb 2024年08月29日]