「栞の父親は俺だ」。美羽(松本若菜)の「罪」に夫が下した“審判” 『わたしの宝物』6話
真琴の屈折した正義感
5話で、DNA親子鑑定によって、栞が自分の子どもではない、という真実を知ってしまった宏樹。彼は突然、栞とともに美羽の前から姿を消した。美羽との電話で事情を把握した真琴は、その後、あけすけな言葉で美羽を責める。「宏樹さんがいなくなったの、美羽さん心当たりありますよね」「宏樹さんと栞ちゃんに何かあったら、あなたのせいです」とたたみかける真琴には、まさに“屈折した正義感”という言葉が似合う。 冷静に考えれば、宏樹が栞を連れて海に行き、入水しようとしたきっかけを作り出したのは、美羽ではなく真琴ではないだろうか。 美羽は1話において、宏樹ではなく冬月の子を妊娠した事実を知った瞬間から、一人で罪を背負い、真実を隠し通すことをひっそりと誓っていた。誰に罪を告白しようとも、許されようとも思っていない。そこまでの思いを知らぬまま、強い覚悟とともに踏み入った悪路にザカザカと踏み入り、筋違いの正義感を手に悦に入っているのは真琴である。 隠したままにしようとする他者の罪を、勝手に明るい場所にさらし、どうするんですか、あなたのせいですよ、と騒ぎ立てているように見える真琴。宏樹は、真琴から事の次第を聞かなければ、美羽と栞に愛情をたっぷり注ぎ、良好な家族関係を保っていく努力をしただろう。原因をこしらえたのは美羽かもしれないが、いたずらにきっかけをチラつかせたのは真琴だ。 浅岡は、喫茶店を訪れた真琴に「あんた、何がしたいの?」と言っていた。これが、ほとんどの視聴者の心理を代弁した言葉だろう。真琴が意気揚々と“正そうとしている”道に対して、「あんたが動けば動くだけ、みんな不幸になってるんじゃないの?」「正義振りかざすのもほどほどにしないと。あいつらの正解をさ、あんたが決めんなよ」と諭す浅岡の言葉は、金言だらけだ。
真琴と宏樹の道を導く“良心”的な存在
栞とともに海に入ろうとした宏樹が、寸前で立ち止まり、SOSを出したのも浅岡だった。彼は今のところ、喫茶店のマスターとして登場するのみにとどまり、物語の本筋に深く絡んではきていない。しかし、職場のストレスを抱えた宏樹にとってのサードプレイスを提供し、どんどん暴走する真琴の頭を冷やすきっかけにもなった、いわば“良心の象徴”として機能している重要なキャラクターだ。 「栞を連れて、海に入ろうとしました。生まれ変わったら、本物の親子になれるかなって」と告白する宏樹に、浅岡は「どこに行っても答えなんてないんだぞ」と助言。宏樹の選択を断罪することなく、彼らしい言葉でそっと道筋を示した。 浅岡は、前述したように、真琴に対してもいったん頭を冷やすように促す言葉をかけている。必要以上に、誰の敵や味方につくこともなく、あくまで中立的な立場から、各々が大きく道を違えることのないよう誘導してくれている浅岡。利己心が剥(む)き出しになった真琴に対し、SNS上では彼女の言動を非難する声も多く見られる。しかし、浅岡は広い懐で、真琴が幸せに生きられる道筋についても、ともに考えてくれるのかもしれない。 どこに行っても答えなんてない、と浅岡に言われた宏樹は、自分が心から望んでいること、そして目指す場所を認識し直した。美羽は、宏樹がひっそり行ったDNA親子鑑定の結果を見つけるが、決して許されることのない罪を、一人で背負っていこうとしている。しかし、どうしたって、宏樹は美羽のやったことが理解できないし、これからも家族3人で生きていきたいという彼女の思惑と重なることもない。 宏樹が美羽に下した“審判”は、「俺、美羽とは一緒にいれない」「栞の父親は俺だろ? 離れるくらいなら、あの子と一緒に死ぬよ。頼む、出ていってくれ」という言葉に込められていた。栞が生まれ、元の優しさを取り戻した宏樹となら、夫婦関係をやり直せるかもしれない。そう考えた美羽の目論見(もくろみ)は、宏樹にとっては品がなく、残酷で、人の存在を軽視したものに映ったとしてもおかしくはない。宏樹が泣き出す栞をあやし、美羽は荷物をまとめて部屋を出て行く。 宏樹も栞も失った美羽と、どうしても美羽のことが忘れられない冬月が、また出会ってしまったら。視聴者として気になるのは、未だ美羽の本心が掬(すく)いきれないことだ。宏樹や栞と生きていきたい、と望む気持ちは本物だろう。それでも、彼女はまだ心の奥底、自覚してない無意識の領域で「冬月のことも忘れられない」と考えているのではないか。 宏樹との夫婦関係に悩み、再会した冬月へ救いを求めた1話の美羽の姿が思い出される。彼女はまた、一人で背負い込むしかない過ちを重ね、罪を作り出すことになるのだろうか。
『わたしの宝物』 フジ系木曜22時~ 出演:松本若菜、田中圭、深澤辰哉、さとうほなみ、恒松祐里、多岐川裕美、北村一輝ほか 脚本:市川貴幸 主題歌:野田愛実『明日』 プロデュース:三竿玲子 演出:三橋利行(FILM)、楢木野礼、林徹
文:北村 有