【公演レポート】葵わかなが男女を華麗に演じ分け、“クール”に生きるしかない人間社会捉えた「セツアンの善人」開幕
白井晃が演出を手がけ、葵わかな、木村達成らが出演する「セツアンの善人」が、本日10月16日に東京・世田谷パブリックシアターで開幕する。これに先駆け、昨日15日にフォトコールと初日前会見が行われた。 【画像】「セツアンの善人」より。(他15件) 「セツアンの善人」は、第二次世界大戦中にナチスにより市民権を剥奪されたドイツの劇作家ベルトルト・ブレヒトが、亡命先で執筆し1943年にスイスで初演した作品。劇中に歌が登場する同作が、今回は音楽監督・国広和毅による新曲を含めた生演奏で立ち上げられる。過去にもブレヒト作品を演出してきた白井が、上演台本・演出を務める。 神々から「善人である」と認められた貧しく心優しい娼婦シェン・テは、褒美として与えられた大金を元手に店を開くが、彼女がお人好しなのを良いことに、店には知人たちが居座ってしまう。このままでは身が滅びると気付いたシェン・テは、架空の従兄シュイ・タに変装して切り抜ける方法を思い付き……。葵はシェン・テとシュイ・タの2役を務め、木村はシェン・テが恋に落ちる失職中のパイロットの青年ヤン・スン役を演じる。 フォトコールでは、第1幕ラストの約15分間が披露された。打楽器がリズムを奏でると、男性シュイ・タに扮した葵が大股で登場。葵なのかどうかを瞬時に判別できないほどの大きな仮面を被り、肩パッド入りジャケットとネクタイを着用した葵は、理性的な振る舞いを心がけるシュイ・タを毅然とした態度で演じる。一方、ヤン・スンに裏切られると感じるシーンでは、語気を強め、本来の人格であるシェン・テとしての怒りを垣間見せた。その後、葵が赤いチェックスカートに赤いバンダナというガーリーな服装に身を包み、シェン・テとして登場すると、一気に場が華やぐ。葵はシュイ・タ役のときとは違って感情をあらわにしながら、恋する乙女の葛藤を表現。シェン・テを振り回すヤン・スン役の木村は、自分勝手な彼を情熱を交えて演じ、憎めない人物として立ち上げた。 第1幕のクライマックスは、ヤン・スンと結婚することを選んだシェン・テがヤン・スンと旅立つ場面。葵がシェン・テの決意を歌いながら、木村と共に舞台中央の屋台の屋根に登ると、天井から吊り下げられた9つのプロペラが回転し、ジェット機の轟音が鳴り響き出す。シェン・テとヤン・スンの結婚に抗議する人々は声を出しながら、2人にペットボトルを投げつける。しかし葵扮するシェン・テはそれを気にも留めず興奮に満ちた表情で、木村扮するヤン・スンは人々を俯瞰しながら笑みを浮かべ、それぞれ舞台上から去っていった。 フォトコール後の会見には、白井、葵、木村が登壇。白井は、「セツアンの善人」について「ブレヒトが格差社会や経済のシステムを批判的に描いた本作では、この世の中で生きるには善人ではいられず、悪人として“クール”に生きていくしかないということが描かれています。80年前に初演されましたが、今の日本社会を描いた作品にも見えてきます。そういった重いテーマを、音楽や歌といったエンタテインメントの要素を交えて届けられるところが、この作品の魅力ではないかなと」と語る。 葵は「シェン・テは一見周りに流されているように見えますが、彼女の1つひとつの決断は、“善人”という信念に従い下されています。シュイ・タは、そんなシェン・テが信念上絶対にできないことを生きるために突き通す人物。シュイ・タは周囲から冷酷だと評価されますが、合理的でもあり、個人的には嫌いになりきれないキャラクターです」と話した。 木村は、自身が演じるヤン・スンについて「パイロットになるという高みを目指すヤン・スンは、本作の中で唯一と言っていいほど真っ直ぐな男です。彼がお金のためにシェン・テを“利用”したのかはわかりませんが、自分の目標に走っていく素直なキャラクターだなと感じています」と考えを述べた。 役作りで苦労した点を問われると、葵は本作で初挑戦となる男性役について「“男性”と“女性”は歩き方や姿勢といった見た目の部分から違うので、私の身長と体格で(“男性”らしさを)どう表せるかを模索し続けている」と明かす。さらに「本作の歌は、ミュージカルのような物語を進める役割というより、“シーンを強調する”という役割で用いられています。言葉で説明すると違いが分かりやすいのですが、実際にやってみるととても難しかった」と振り返った。最後に、葵が「80年前から変わらない人々の願いや悩み、疑問がふんだんに詰め込まれた作品。軽快なキャラクターたちや音楽の力を借りて、皆様のそばに届けられるような表現をがんばりたい」と語り、会見を締めくくった。 上演時間は休憩を含む約3時間で、東京公演は11月4日まで。その後、本作は9・10日に兵庫・兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホールで上演される。 ■ セツアンの善人 2024年10月16日(水)~11月4日(月・振休) 東京都 世田谷パブリックシアター 2024年11月9日(土)~2024年11月10日(日) 兵庫県 兵庫県立芸術文化センター 阪急中ホール □ スタッフ 作:ベルトルト・ブレヒト 音楽:パウル・デッサウ 翻訳:酒寄進一 上演台本・演出:白井晃 訳詞・音楽監督:国広和毅 □ 出演 葵わかな / 木村達成 / 渡部豪太 / 七瀬なつみ / あめくみちこ / 栗田桃子 / 粟野史浩 / 枝元萌 / 斉藤悠 / 小柳友 / 大場みなみ / 小日向春平 / 佐々木春香 / 小林勝也 / 松澤一之 / 小宮孝泰 / ラサール石井 演奏:磯部舞子(東京公演) / 島津由美 / 熊谷太輔 / 加藤優美(兵庫公演) ※東京公演では、高校生以下・U24の割引チケットあり。 ※一部公演で視覚障害者のための舞台説明会および音声ガイド貸出、聴覚障害者のための字幕タブレット貸出あり。 ※聞こえにくい方のための音声サポート(要申込)あり。