LGBT先進国アメリカ トランプで分断加速も未来は明るい?
「文化戦争」に巻き取られたLGBT問題
今回、話を聞いたライアンさんは、10月15日に「マシュー・シェパードの記憶」というエッセイを発表している。彼の死から20年間の米社会の歩み、LGBTの人びとが現在も直面するさまざまな問題の統計、そして今後の課題について指摘する内容だが、その冒頭で、当時まだ13歳に満たないノースダコタ州在住のライアン少年が、マシューさんの事件で受けた衝撃と悲しみについて語った部分に胸がつまる。20年も前にとりわけ保守的な州で暮らし、自分もゲイかもしれないと感じはじめていた少年の心に、事件は想像を超えるリアルさをもって迫ったのだろう。 ライアンさんにずばり「米国におけるLGBT問題の特徴とは何か」と問うと、「『文化戦争』の一環として巻き取られてしまっている点が独特といえば独特ですね」という答えが返ってきた。文化戦争とは同性婚や人工妊娠中絶、銃規制、公立学校における祈りの是非、といった価値観をめぐる保守主義と進歩主義の対立を指す。米国ではそれが、多様性をうたう民主党と伝統を重んじる共和党の政治的対立の形で現れることがほとんどだ。 米国ではこうした社会問題が非常に政治化されているとライアンさんは指摘する。トランプ政権になってこの傾向はさらに顕著になっているが、文化戦争という言葉自体は1990年代初めから広く一般に使われるようになった。ライアンさんは言う。「文化戦争は選挙後に党派対立、分断という傷を深く残すので、差別の現場で闘う人たちが望むフレームではありません」
「宗教例外」という保守派の巻き返し
キリスト教福音派を中心にした原理主義的な「巻き返し」も強まっている。LGBT問題をめぐる保守派と革新派の攻防をめぐり、ここ数年間、とくに顕著なのが「宗教例外(religious exemption)」だ。ライアンさんはこれを「差別のライセンス」と呼ぶ。簡単に言えば、宗教上また道徳上の理由で、さまざまな個人・企業・サービス事業者がLGBTの人びととビジネスをしないことを認める法律である。今春にはコロラド州のケーキ職人が、これを理由に同性カップルのウェディングケーキ作りを拒否したことの是非が連邦最高裁で問われた。 今年2月、ライアンさんは、全米各地の州議会が次々と「宗教例外」法を可決して、LGBTの権利を侵害している実態を調査・検証した報告書、「『平等がほしいだけ』:米国のLGBTの人びとを脅かす宗教例外および差別」を発表した。その中には、セラピストが宗教的信念に基づいてクライアントを切り捨てることを認めるテネシー州法の例や、州の助成を受けている養子縁組及び里親仲介機関が、道徳上・宗教上の反対意見を理由に、LGBTの親へのサービス提供を拒否する権限を明確に記したミシガン州法の例などがリストアップされている。 宗教例外の名の下にLGBTの諸権利を制限しようとする動きは、トランプ政権下に特有のものか聞いたところ、むしろ2015年に連邦最高裁が同性婚に合憲判断を下したことが、とりわけ超保守系のキリスト教原理主義者などによる巻き返しの契機になったと指摘した。