「何をもって良い俳優となるのか、答えを探し続けている」池松壮亮の美学と譲れない信念
独立後に出演ペースが加速している理由
──劇中に出てくるクライアントの指示通りに動くリアルアバターは、意地悪な見方をすると、体を貸して自分の意志ではない台詞を吐く俳優と相似性があるように感じました。 その通りだと思います。俳優は、自分の声や体を使って、誰かの言葉を発し、動きます。自分の意志とは反することでもそのことを見せずに演じてみせることが良い俳優とされてきました。そうした職業的な性質に反し、この作品は“本心”というパーソナルなものを扱っている作品でした。劇中の朔也と同じように、俳優としても自分自身としても本心を問われているような感覚がありました。 ──俳優のみなさんは、自分の言葉ではない言葉を吐き続けることに対して、ノッキングを起こすようなことはあるのでしょうか。 個人的にはあって当たり前だと思っています。ノッキングというよりも慣れることで自分自身を見失うというようなことは昔からよく聞きます。ノッキング回避は作品を選ぶことで全て回避できるものでもなく、そこを突き詰めていたらおそらく俳優は務まりません。ノッキングが起きるのは、自分の感情が邪魔しているからです。逆に言うと、上手に言われた通りに、表面的に実感のない言葉を吐き続ける俳優がいるとするならば、それはAIに取って代わられてしまうと思います。AIならばノッキングも起きず、余計な感情というバグもなく、不祥事も当然なく、人の欲望の集合体として余計な人間味を削ぎ落とした完璧な姿であれるはずです。 でも、そうじゃないからこそ面白いと思っています。また、フィクションの中で、人の言葉や行動の中で演じるということに、俳優の特異性と面白さがあると思っています。誤解や解釈の中にこそ真に演じるというものが生まれるというイメージです。 ──朔也は途中でノッキングを起こし、リアルアバターという役から逃れます。あの行為自体はとても人間的なものと言えますね。 そうだと思います。出来損ないのアバター、アバターよりダメなアバターに見えるような瞬間が朔也にあったらないいなと思っていました。 これからどんどん増して人間よりAIのほうが優れているように映る時代がやってくるんでしょうね。人間の持つ感情やアイデンティティがより邪魔になってくるような時代が。だからこそ人間的なものに目を向けていかなければいけないと思います。人間的なもの、というのも変容してくるとは思いますが。 ──少し池松さんご自身のことを聞かせてください。昨年、事務所から独立されましたが、そこから活動のピッチがさらに上がっているような印象があります。ご本人としても、そうした意識はありますか。 事務所を出てあの人ダメになったねって言われないように、長年お世話になった事務所の方々にも胸を張って応援していただけるように励んでいます。僕にとっては次のステージに向かうための大きな決断であり、勇気のいる選択でした。とても大変ですが、ギアを入れなおし、周りの方々に助けていただきながら、多くの素敵な出会いに導かれながらながら、おかげさまで頑張れています。 ──独立されて、お仕事の取り組み方に変化はありますか。 僕自身のものづくりに対する意識は変わっていません。ですが、社会人としてのあり方については学ぶことがとても多いです。これまで俳優という立場でどれだけやらずに済んできたことがあったかということを実感します。メールはなるべく早く返しましょうとか、ひとりひとり人付き合いをちゃんとしましょうとか、概ね基本的なことです。みなさんからすると当たり前と思われることを、新社会人のような気分で学んでいます。 ──市井の人を演じる俳優は、ちゃんと生活をすることが大事という声もよく聞きます。池松さんが良き俳優であるために、普段の生活から心がけていることはありますか。 それを知っていればもう少し名優になれているかもしれません(笑)。何をもって、より良い俳優となるのか。これまでもずっと探してきたような感覚がありますし、そこに単純な答えはありません。誰がどんな価値を持って良い俳優と定めるのかによって答えは様々です。良い俳優を考えることは人間を考えることと等しく答えのないものだなと思います。 いただいた質問に答えるとすれば、心がけていることは「探すこと」です。探し続けること。決めつけず、こちらの解釈に寄せず、探究を続けること。そしてそのためにできることを探すことです。映画を観ること。本を読むこと。思考すること。作品に関わること。生活すること。人と会い話を聞くこと。そうしたことのすべてが、良い俳優であるためにやっていることといえます。 ──池松さんにとって、人生=仕事ですか。 人生=仕事ではありませんが、人生=映画、俳優ではあると思います。切っても切り離せないものになっています。仕事=映画とはちょっと違う感覚です。映画をやっているとき、俳優をやっているとき、仕事という感覚がほとんどありません。独立してメールを返したり、これまでやってこなかったスケジュール管理などの事務をやっているときは、ものすごく仕事をしているなという気分になります(笑)。