「最近、字を書いていない人」は大事なものを失っている…東大教授が授業中に愕然とした"東大生の返答"
■「メモを取る」は高度なマルチタスク キーボードを使っても、手書きと同じように要点のみを抽出すれば同じではないか、と思われた人もいるでしょう。しかし、前に紹介した実験のように、「文字通り書き取ることはしないように」という一時的な介入が役立たなかったことを思い出す必要があります。 タイピングのように高度に自動化された動作は、逆にそうしないように抑えることが難しくなるものです。また、ふだんから要点を取り出してメモを取る習慣のない人に、いきなりそのように指示しても、どうやって要点を絞り込んだらいいのか分からないことでしょう。 「メモを取る」という行為は何げない簡単なことのように見えて、実は高度なマルチタスクであることを忘れてはなりません。マルチタスクとは複数の作業を同時に行うことです。ビデオを視聴しながらノートを取ることは手書きもタイピングも同じですが、メモを取るときには全体の流れの中で何が肝心の要点なのかを思考する過程が同時に加わります。それがとても大切なマルチタスクなのです。 ■書きながら考えられない学生に愕然とした 大学で物理学の授業を担当していて、私がたくさんの数式を板書していたときのことです。今書いた内容について質問したら、「書いているときには考えられなかったので、分かりません」と返答した学生がいました。「書きながら考える」ことが当たり前だと思っていた私は愕然としてしまいました。 そのすぐ後に、学生が「書きながら考えられない」原因を突き止められたのですが、実は小学校の教育が関係していました。そのことは本書の第7章で改めて取り上げます。 習慣というのはなかなか変えられないものです。何も考えずに「とりあえず板書を書き写しておく」とか「とりあえずキーボードで丸ごと記録しておく」といった習慣では、思考の過程を先送りしているだけです。講義中に、あるいは取材中にメモを取らない限り、その場で生じた貴重な体験は記録できずに記憶から薄れていってしまいます。 楽器の弾き方や、運動のフォームを上達させることを考えてみると、適切なトレーニングによって自分の癖をまず直す必要があります。人がもともと持っている動作を矯正することには限度があるものの、必要最小限の筋肉を使う動作こそが最も理にかなった方法であることが分かります。 キーボードを使って手書きのようにノートを取ることを訓練するくらいなら、最初から手書きでノートを取るほうがはるかに合理的で自然でしょう。