白亜紀末大絶滅後、すぐに繁栄?ゲノム新検証が導いた硬骨魚の進化プロセス
脊椎動物類の中でも、突出して多様性を誇る硬骨魚。マグロやサバなど、われわれ日本人の食卓にも欠かせない存在です。 これら硬骨魚が現在の大繁栄に至ったのは、どの時期の進化がきっかけになったのか。ゲノム解析などに基づいた新たな研究が報告されました。古生物学者の池尻武仁博士(米国アラバマ自然史博物館客員研究員・アラバマ大地質科学部講師)が報告します。
白亜紀末大絶滅後の魚類の大繁栄
先日、ミドル級ボクシングでトップ選手の一人に入るであろうダニエル・「ミラクルマン」・ジェイコブス選手のインタビューをみていた。その中の質問に「お気に入りの映画はなにか?」というものがあったが、かなりいかつい趣の大男が「タイタニック(Titanic:1997)だ」とはにかみながら返事するのを前に、(失礼ながら)私は思わず微笑んでしまった。 いやー、タイタニック。全然悪くない。私も結構夢中になってこのストーリーに引き込まれた方だ。この映画のストーリー・ライン ── 大型客船の突然の沈没による悲劇 ── を改めて思い出しながら、(古生物研究者である)私の胸の中に浮かび上がってきたイメージがある。主演のレオナルド・ディカプリオの顔ではない。太古の昔に何度も繰り返し起きた「生物種大絶滅」のイメージだ。 ドラマの世界では、悲劇は悲劇としてのまま、エンディングを迎えることが多いようだ。シェークスピアのリア王や平家物語の巻末に見られるように。 しかしこの現実世界においては、悲劇の後にも脈々と続くストーリーが確かにある。そういえば映画「タイタニック」でも、あの悲劇の後に連なるドラマが描かれていた。 時の流れはとまることがない。そしてこの真理は、長大な地質年代を通した生物のマクロ進化にもあてはまる。何度も起こったたくさんの生物グループを巻き込む「大絶滅」。その後の生物のリカヴァリー、そしてカウンター攻勢は多種多様だ。 生物のたどってきた道はなかなか「しぶとくたくましい」。「うまく生きてきたな」という言葉さえかけてあげたくなる。 環境の大激変は太古の昔、現在見られるものとは比べものにならないくらいのレベルとスケールで何度も起きてきた。寒冷化・温暖化はもとより、火山の大噴火、メガ津波、海水面の大上昇や後退など、数え上げればきりがない。未知なる強力な伝染病も発生したことだろう。まったく目新しいパワフルな捕食者が突然出現したこともあった。新たな生物グループ(例えばデボン紀に突然現れた最初期の森林)が、環境に大きな大激変を巻き起こしたこともあった(「最古の木の化石探求(下)」の記事参照)。 そして巨大隕石の衝突も、恐竜時代の末期だけでなく、実は度々起きたことが知られている。 こうした太古の環境の激変に伴う大絶滅の直後、残された生物たちはどのような歩みを進んできたのだろうか? 今回はこの問いかけに関する最新研究を紹介してみたい。 カリフォルニア大学ロサンゼルス校のMichael Alfaro博士(2018)と他8人の専門家を含む研究チームは、約6千600万年前に起きたと考えられる「白亜紀末大絶滅」の前後に、硬骨魚がどのようにして今日の爆発的な多様性へ至ったのかを、現生の魚の遺伝子と化石記録からのデータをもとに探求した。 ―Michael E. Alfaro, Brant C. Faircloth, Richard C. Harrington, Laurie Sorenson, Matt Friedman, Christine E. Thacker, Carl H. Oliveros, David Cerny, Thomas J. Near. (2018) Explosive diversification of marine fishes at the Cretaceous-Palaeogene boundary. Nature Ecology & Evolution 2 (4): 688 DOI: 10.1038/s41559-018-0494-6 ※CernyはCの上にv、yの上に’ 「硬骨魚」と一言で片づけていいのかどうか少しとまどってしまうほど、この脊椎動物の一大グループは、驚異的な多様性を誇っている。現在6万種以上が確認されている脊椎動物類(軟骨魚類、両生類、爬虫類、鳥類、そして哺乳類を含む)において、硬骨魚はなんとその半分近くを占めているのだ。 サバ、マグロ、カツオ、ウナギなど我々の食卓で日常的に見かけられるように、我々人類(特に日本人)はこの一大グループの恩恵に直接あずかっている。その体の大きさはメダカのような極小のものからカジキのような巨大なものまで多岐にわたる。淡水の渓流や湖沼から海洋の深海、極地近くの冷水と、その分布地域や習性も、実に多岐にわたる。ただただ驚くしかない。