【牛すじカレー】ただものじゃないマスターが作る、地元激シブ酒場の牛すじカレー:パリッコ『今週のハマりメシ』第157回
ある日、あるとき、ある場所で食べた食事が、その日の気分や体調にあまりにもぴたりとハマることが、ごくまれにある。 【写真】味わいのあるメニューボード それは、飲み食いが好きな僕にとって大げさでなく無上の喜びだし、ベストな選択ができたことに対し、「自分って天才?」と、心密かに脳内でガッツポーズをとってしまう瞬間でもある。 そんな"ハマりメシ"を求め、今日もメシを食い、酒を飲むのです。 * * * 家庭の事情により、家の隣駅である西武池袋線の大泉学園駅付近で、夕方にちょっとした空き時間ができる機会が最近増えた。となると当然、足は酒場に向かってしまう。 昨日も街を徘徊していて、そういえばここ、入ったことなかったな、という店の前を通る。「居酒屋 ちょみ」という店。商店街の横道にあるカウンターのみの小さな飲み屋で、まだ時間が早いからか先客はいない。 店頭のテーブル席に店主と思われる男性がひとり腰かけ、たばこを吸っている。髪はロマンスグレーで長いひげをたくわえ、料理人歴数十年という雰囲気の、見るからにただものじゃないオーラ全開だ。ほんのりと緊張感が漂うものの、僕はこういう店に飛びこんでみるのが大好きなので、今夜はここで飲むことにしよう。 「ひとり、大丈夫ですか?」と聞くと、意外にも穏やかな物腰と優しい笑顔で「どうぞどうぞ」と招き入れてくれたご主人。まずは、こわい人ではないようだ。この緊張と緩和、酒場めぐりの醍醐味のひとつとも言える。 ドリンクメニューを見ると、大好きなホッピーがセットで税込450円とリーズナブル。さっそくお願いすると、酒場でよく見る、焼酎のボトルに直接つけるディスペンサーを4プッシュもしてくれ、そのナカの多さに顔がほころんだ。 あ、ちなみに、ホッピー警察が即出動してきそうな上の写真だけど、いったん落ち着いてほしい。マドラーが瓶のほうに刺さっているのは、お店がそのように提供してくれたからで、僕が入れたわけではない(ホッピーの瓶には、破損の原因になるのでマドラーを入れないでくださいと書いてある)。 また、お店の名誉のために加えておけば、ここのマドラーはプラスチック製で短め、しかも持ち手があるから注ぎ口に引っかかるようになっている。つまり、瓶の底に直接マドラーが当たらず、傷をつける可能性が極めて低いという、僕がホッピーマドラーにおける最適解と考えているタイプだ。そんな細かいポイントからも、すでにこの店が名店であることがわかる。 グランドメニュー的なものはなく、目の前の黒板の日替わりが基本らしい。夜は家で夕食を食べる予定だから、ここは軽いものにしておこうと、「枝豆」(350円)と、どんなふうに調理されて出てくるのかが気になった「サケ白子とマイタケ」(500円)を注文してみる。 調理の様子が丸見えなので、枝豆が冷凍だったこともはっきりと確認できたけど、きちんとお湯をわかしてひとりぶんをゆで、強めの塩を利かせて出してくれたそれが、すごくうまい。 サケ白子とマイタケは、シンプルなだし醤油煮だった。白子はほくほく食感でさっぱり風味、それが舞茸の旨味と合わさり絶品だ。今が旬の鮭の白子、スーパーなどで手頃な値段で売られているのを見かけ、かつて何度か家で料理してみたこともあったけど、ほんのりとくさみが残ってしまう印象があった。ところがこの一品にはそれがまったくなく、ご主人の腕、やっぱりすごい。 当然酒がすすみ、ホッピーの「中」(300円)をおかわり。 すると僕の酒好きっぷりが伝わったからだろうか、「よかったらこれ、食べてみてください」と、小皿料理をサービスしてもらってしまった。こんにゃくを煮たものと、メニューにあった「ホタテの子煮」の味見サイズだろうか。 こんにゃくは、こだわって仕入れている下仁田こんにゃくらしく、よく知る市販品よりも食感がしっかりしていて、芋からできている食材であることを思い出させてくれる。北海道や東北地方でよく食べられる食材で、運良く入荷があったというホタテの子煮は、きめ細やかな魚卵にも近いような旨味とほろりと崩れる食感で、酒のつまみとしては究極の部類だろう。 大泉学園を訪れる機会は少なくないのに、うかつだった。こんなにいい店に、今まで入ったことがなかったなんて。
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