トランプ氏関連のグッズが並んだ土産物店＝2019年3月、アメリカ・ワシントン【時事通信社】

◆変わりつつあるアメリカへの視線 　その後、中国はアメリカと対立を深め、西側の議会制民主主義への敵意を隠さなくなった。また、コロナ禍の初期には欧米各国が国民の行動制限を徹底できずに感染者数を増やす中、中国は強権を発動して国内のパンデミックを封じ込めることに成功した（ように見えた）ため、自国の体制が西側よりも優位性を持つとする考えが強まった。権力集中が進んだ2期目の習近平政権の下で、プロパガンダを通じて庶民もこうした考えを持つ人が増えた。 　そのため、中国側のアメリカを見る目が冷ややかになった前回の2020年のアメリカ大統領選は、勝者がジョー・バイデン氏となりやや面白みに欠ける結果だったことも相まって、従来と比べれば中国国内の関心はやや低調だった。むしろ選挙後にトランプ支持者らが起こした連邦議会襲撃事件が「アメリカの混乱」の象徴として中国国内で大きく報じられたことで、この年の大統領選はむしろ嘲笑の対象になっていたと言ってもいい。 　そして今年2024年の大統領選も、中国の庶民の関心は以前と比べると低調に見える。勝者がトランプ氏であれバイデン氏（当初）であれ、いずれも再任や続投を目指す形での立候補であることから新鮮味がない。加えてコロナ禍後の中国経済は厳しい状況が続いているため、庶民が海外の情勢に関心を持つ余裕がないことも理由かもしれない。 ◆上野千鶴子氏人気の中国で… 　もちろん、選挙戦の途中に起きたトランプ氏を狙った銃撃事件と、民主党候補者がバイデン氏から現副大統領のカマラ・ハリス氏に交代した事件は、いずれも中国人の注意を引いている。ただ、ハリスは氏まだ中国国内では知名度が低い。 　中国政府が内心でトランプ氏とハリス氏のいずれの当選を望んでいるかは現時点では定かではない。ただ、トランプ氏の当選でアメリカの混乱に拍車が掛かれば、中国としてはありがたいのは確かだろう。 　一方、ハリス氏はトランプ氏と比べれば予測可能性が高いリーダーだと思われるため、彼女が当選した場合は、中国としても長期的な視点で対米戦略を練りやすいというメリットはある。ただ、忘れてはならないのは、ハリス氏当選の場合に中国国内で当局にとって好ましくない状況が生じる可能性があることだ。 　中国では近年、日本の社会学者・上野千鶴子氏の著書が若者の間でブームになるなどフェミニズムの意識が高まっている。ハリス氏がアメリカ初の女性大統領に就任すれば、一部の人たちにとっては非常に大きなインパクトになる。 　近年の中国のフェミニズムは、ときに反体制的な異議申し立てにもつながる傾向がある。ハリス氏の当選によってフェミニズムが活発化することは、経済の悪化に伴なう社会不安リスクを抱える中国当局にとっては、可能な限り避けたいシナリオに違いない。 ◇　　◇　　◇ 安田　峰俊（やすだ・みねとし）1982年滋賀県生まれ。ルポライター。立命館大学人文科学研究所客員協力研究員。『八九六四　「天安門事件」は再び起きるか』が第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第5回城山三郎賞を受賞。近著に『「低度」外国人材　移民焼き畑国家、日本』『恐竜大陸　中国』『中国ぎらいのための中国史』など。