ツアー48勝のレジェンドが語る日本男子ゴルフ界の“課題”と“希望”【中嶋常幸インタビュー】
国内男子ツアー「ダンロップフェニックス」の中継解説を行っていた、レギュラーツアー通算48勝を誇るレジェンド・中嶋常幸がインタビューに応じた。そこでは、同大会に今季日本ツアー初出場となった松山英樹のプレーを観た感想や、現在の日本男子ゴルフ界について語った。 【写真】松山英樹はパリ五輪で銅メダル獲得 ■松山英樹のプレーに感服「さすがの英樹」、同組の石川遼にはさらなる期待も「いまのままでは…」 予選ラウンドでは石川遼と約6年ぶりの同組プレーとなった。解説の仕事が始まるまでの時間、松山のプレーをロープ外から観戦。「さすがの英樹だよね」と開口一番に称賛した。「さすがだなと思った。危なげがないというか、本当に計算され尽くしているし、体もよく動いている。飛距離にもビックリした」と評した。一方で「ちょっとショートアイアンの距離感が合わなかったかな。風の読みが少し外れていたのかもしれない」と優勝を逃した要因について分析した。 同組の石川のプレーについては「御殿場だけではなくて、もっといろいろなコースで活躍してほしい願いがある」と期待を込めつつ、「ティショットのブレではないかなと思う。きのうも見ていて、4回しかフェアウェイに行かなかった。あれだけ林に行ってしまうと、パーを取るのも苦しくなる」とティショットの精度向上が必要だと話す。 「きつい言い方をすれば、このままでは(日本男子ゴルフを)引っ張れない。ティショットがフェアウェイに置けるようにスイングを見直していると思うから、それはそれでいいと思うんだけど、どちらにしても答えが出ていないかな。それを見つけられるかが、彼の今後にかかってくる。石川くんは『日本のゴルフ界を引っ張っていく人間だったね』となるのか、それとも『不完全燃焼だったね』となるのか。ここからが大事だね」。石川への期待が大きいからこその厳しい言葉だった。 「(松山の)9番のティショット、圧巻だった。アゲンストであそこに行く!? というぐらい飛んでいた。多分、茉生(同組だったアマチュアの松山茉生)が一番びっくりしたんじゃないかな。松山英樹選手ってこんなに飛ぶのか! って。そういう点では石川くんがそこに近づいてかなきゃいけない。アメリカでやっていようと、日本でやっていようと関係ない。一緒にゴルフしたときに、お互いが輝きをぶつけられるようなゴルフをしていってほしい」 日本男子ゴルフ界を支える柱として、互いを刺激し合える存在であってほしいという気持ちが込められている。 ■AON時代と、現在の違い 青木功、尾崎将司、中嶋常幸の3人は1970、80、90年代のゴルフ界を席巻し、“AON”時代を築いた。全盛期は毎週3人の誰かが優勝争いを繰り広げ、青木が51勝、尾崎が94勝、中嶋は48勝と3人の国内ツアー優勝合計数は193勝と驚異の数字。国内だけでなく、世界四大メジャーでも上位に入り、日本のゴルフファンを興奮の渦に巻き込んでいた。 当時の選手層と現代を比べて、一番感じることは「選手のパフォーマンス」と切り出した。「昔は本当に一部の人間しか“ハイパワーゴルフ”ができなかったけど、今はほとんどの選手が300ヤードをバンバン打つ。このフェニックスでも全然距離の長さを感じさせない。そういう一人ひとりのポテンシャルの高さというのは、僕らの頃とは違うよね。だから極論を言うと、僕らの頃は年間に7勝、8勝もできたけど、今の子たちは(全体のレベルが高いから)できないよね」と、全選手のレベルが高くなっていることが違いだと話した。 ■男子ゴルフ界が盛り上がっていた時代 その要因は「顔の面白さ」 AON時代は、トーナメント会場に多くのギャラリーが足を運んでいた。1990年代は4日間でおよそ2.5万人を超える観戦者数だったが、いまでは1万人が多いほう。観戦者数減少の原因はどこにあるのか。 「いまはネットワークとかで、世界中の試合が見られるじゃない。僕らの頃は海外の放送があるとしたらメジャートーナメントぐらい。だから、ゴルフというものに対して、世界中のゴルフに接する機会が今は多くて、ネットワークで見る人が中心になってきている」。会場に足を運ばなくても試合を楽しめてしまう時代への変化が大きいと感じていた。 さらに「日本の選手たちの魅力がどうしてそれだけ高かったかというと、顔が面白かった。顔で怒っているのがわかるし、もうね、偉そうだった(笑)」と感情の表現が豊かだったという。「カメラマンに『邪魔!』とか、『ちょっと止まって!』とかね(笑)。ところが今は『止まってください』、『そこはちょっと邪魔ですかね』と非常にジェントルマンになったよね。俺たちの頃は、アウトローの時代だから(笑)」。 中嶋の現役時代のプレー動画を振り返ると、ミスをした際に怒りを露わにしたり、今なら“アンチ”を呼びそうな行動や表情が随所に見られた。「それを見ていて面白かったろうし、怖いもの見たさというか、『すげえな選手は…』って思わせる迫力があった」と振り返る。一方で「(今の選手は)プレー自体は素晴らしいけど、 なんとなく顔の表情がない。それでも、怒ると叩かれる。時代がそうじゃないのかもしれないな…」と思い悩む様子を見せた。 最近は、プレー中に感情の起伏を抑え、「平常心を保つ」ことを意識する選手が多い。しかし、一方で、感情をありのままに表現することが、男子ゴルフ界の新たな盛り上がりにつながる可能性もあるだろう。 ■PGAツアー広報の取り組みと日本ツアーへの提言 日本ツアーに対して、「選手のプレーは魅力だらけ。だけど、それが表にでていない」と中嶋は苦言を呈する。「1つは、セールスが悪いのかなって気がするよ」と話す。「一人にしかスポットライトを当てていないじゃない。例えばAONだったら、AONにしかスポットを当ててなかったわけじゃない。あとは以下同文みたいになっていたよね」と、一部の上位選手を取り上げるのが日本ツアー広報の特徴と感じている。 「でも、PGAツアーは違う。PGAツアーのコマーシャルをやっているのを見るけど、いろいろな選手にスポットを当てて、多くの選手がコマーシャルをしていく。面白い動画を撮っている。だから、選手の認知度も高い。日本ツアーもそういう面白い素材を用意して、たくさんの選手にスポットを当てて、スターをたくさん作ってほしい。スターって1個だと寂しいのよ」 ■報道陣にも課題が…? 「メディアとしては仕方ない。情報源をどう取れるかが問題だから。例えば、少し興味があると思った選手を検索する。あるいはJGTOに問い合わせをしたときに、『この選手、こんなバックボーンがあるんだ』って分かればいいけど、現状は何年生まれで身長いくつで、兄弟はこうで…とこのぐらいの最低限の情報しか出てこない。だったら(記事を)作りようがないよね。いちいち本人に取材して何時間も時間を取られるのも大変じゃない。だからデータベースがしっかりしていたほうがいい。 例えば、『お母さんが小さいときに自分の看病ですごい大変だった』とか、『お父さんがこの時期に入院していて大手術を受けた』とか、あるいは『中学のときに野球で全国大会優勝した』とか…。いろいろなデータベースがあると作りやすいでしょ、メディアも。そういう点で両方が協力していかないといけないんじゃないかなと思う。もちろん、今回は松山くんに注目するのは当然。でも、初日の段階でほかに上位選手がいっぱいいるわけじゃない。メーンの松山の組のストーリーと、トップになった選手たちのストーリーを書ければ、バランスが取れると俺は思うんだ。 だからメディアだけのせいではなくて、JGTOツアーの情報源もしっかり出せるようにしとくべきじゃないかなと思う。そうすると、見に来た人が『あの選手を見に行こう』となるんじゃないかな」 ■試合観戦中に出会った、男子ゴルフ界の“希望” 「きのう面白いことがあったんだよ」とほほ笑みながら、観戦中のエピソードを話してくれた。「親子連れがいたの。お父さん、お母さんと子ども。けっこう盛り上がっていたから、誰のファン? って質問したら『リョウくんです』って。石川遼くん? と聞いたら、『違います。勝俣陵くんです』って。俺、うれしかった。石川遼くんだけではなくて、勝俣陵くんのファンもいるんだって。その言葉が出た瞬間、この子が一番の男子ツアーのファンだと思ったね」。 毎試合、石川の組には多くのギャラリーがついている。中嶋も石川のことは大いに認めており、期待心を強く持っている。だからこそ、ファンの数が偏ってしまうことも理解していたが、そのなかでツアー未勝利の勝俣陵の名前が出てきたことに、驚きと喜びの気持ちがあふれた。 最後に「ひとこと言わせてもらえば、今の男子ゴルフはすごい。すごくいいゴルフするんだよ。本当に球は飛ぶし、ショットの内容も素晴らしい。俺らがバリバリにやっていた頃のゴルフを普通にやっているから。それをもっと分かってほしい」。ファンに向けた力強い眼差しに、切実なメッセージとゴルフへの深い愛情が込められていた。(文・高木彩音)