「1万1776cc」V8のレーサー ヴォグゾール・バイパー・エアロ 100年前の大排気量モンスター(1)
地上でのスリルとスピードを追求した100年前
1万1776ccもあるイスパノ・スイザ社製エンジンを載せた、1913年式ヴォグゾール・バイパー・エアロの運転席へ座る。過去に戦前のヴォグゾールを運転した経験があれば大丈夫だと、オーナーのトニー・リース氏が助手席で説明する。 【写真】100年前の大排気量モンスター ヴォグゾールにKRIT、SCAT 戦前のビンテージたち (112枚) 確かに、筆者は100年ものの30-98を運転したことはある。それでも、辛口な中華料理を知る目的で、馴染みの町中華を食べたようなもの。本場の四川料理と違うことは、否定できない。排気量も馬力もまるで違う。 最大トルクは99.3kg-mあるから、発進直後にダブルクラッチでトップギアへ入れれば、160km/h以上まで加速できる態勢は整う。現代のハイパーカーとは違う意味で、ちょっと狂っている。 ここへ、今回は1世紀前の豪快なスポーツカーを2台加えた。一方は、戦闘機から引きずり降ろされた9.2Lエンジンを積んだ、KRIT 100HPエアロ。他方は、9.3L 4気筒エンジンを載せたSCAT タイプC レーサー。いずれも、1911年に製造されている。 グッドウッド・メンバーズミーティングのイベント、SFエッジ・トロフィーで、3台は壮観な走行シーンを披露してくれた。驚くほど高い位置へ座ったドライバーが、巨大なステアリングホイールを抱えて運転する姿は、多くの人の記憶へ刻まれたはずだ。 第二次大戦前にも、地上でのスリルとスピードが追求されたことの、生き証人といえる。20世紀初頭に自動車技術は急成長を遂げ、クルマの雛形が完成。必然的に、モータースポーツという新たなビジネスも生み出された。
不要になった戦闘機のエンジンを搭載
グレートブリテン島では、ブルックランズ・サーキットがその拠点に。欧州大陸では、イタリアのタルガ・フローリオなど公道イベントが開催された。巨大なエンジンを搭載したモンスターマシンが、速さを競い合った。 肉薄した空中戦を無傷で生還したパイロットは、地上でのドッグファイトにも夢中になった。他では味わえない、アドレナリンの大量分泌を求めて。 英国の王立陸軍航空隊は、不要になった戦闘機のエンジンを整備し、1基50ポンドというお手頃価格で販売。強固なシャシーへ搭載することで、ベントレーやサンビームの真新しいスポーツカーより高性能な1台を、安価に作ることも可能だった。 バイパー・エアロは、こうして誕生したのだろう。1913年式のヴォグゾール Cタイプ・シャシーがベースになっており、本来はDタイプと呼ばれる4.0L 4気筒エンジンが載っていたはず。最高出力は87psで、当時の基準では充分にパワフルといえた。 置換されたエンジンの排気量は、3倍近い。ダイノテストでは300馬力近くを発揮するという、イスパノ・スイザ社製のV型8気筒、HS8Bユニットがフロントに鎮座している。 もとは、ロイヤル・エアクラフト・ファクトリー社が生産していたSE5a複葉戦闘機の動力源で、設計はマーク・バーキグト氏。プロペラを直接回転させる、先進的なユニットだった。