「1万1776cc」V8のレーサー ヴォグゾール・バイパー・エアロ 100年前の大排気量モンスター(1)
ライト兄弟がライセンス生産したV8
ブロックだけでなく、ピストンもアルミニウム製。シリンダーの数は2倍でも、オリジナルの4気筒エンジンより軽い。オーバーヘッド・カムとスチール製クランクシャフトは、当時の自動車用エンジンでは普及していない、高度な技術といえた。 極めて強力で、SE5a戦闘機を高度1万7000フィート(約5180m)まで余裕で上昇させ、222km/hの巡航飛行を叶えた。むしろ、プロペラの設計や性能が追いつかなかったほど。 トニーのバイパーが搭載するユニットは、アメリカのライト兄弟がライセンス生産したもの。HS8B型エンジンを、当時は多くのメーカーが生産していた。 それ以外は、基本的にヴォグゾール社製。スチール製シャシーを、半楕円リーフスプリングが支えている。ブレーキは16インチのドラム。ステアリングラックとラジエターも、Cタイプ・シャシーのままだという。 トランスミッションは、マルチプレート・クラッチを備えたDタイプ・ユニット。ただし、内部のメカは強化され、巨大なトルクを受け止めている。 平均燃費は、2.8km/L程度。トニーは妻のジェニーとともに、このバイパーで欧州大陸での休暇を楽しんでいるそうだ。複数のビンテージ・スポーツカークラブ・イベントにも、定期的に参加している。最近のレースでは、ちょっとしたトラブルを作ったが。
平穏を打ち砕く爆発音 驚異的な加速
V8エンジンの威圧感は、始動前から半端ない。フェンダーやボディ横のランニングボードは備わらず、最小限のボディは優雅。バケットシートの後方には、極太マフラーの間に、120Lの燃料タンクとツールボックスが収まっている。 3枚並んだペダルの内、真ん中がアクセル。右側のペダルは、トランスミッションに内蔵されたブレーキ用だが、このクルマでは動作しない。ボディの外側に突き出たハンドレバーで、唯一のブレーキを操作する。 ダッシュボードは質素なアルミ製で、必要なメーターが並ぶ。左側に巨大なタコメーター。2600rpmまで刻まれ、2400rpmで時速90マイル(約145km/h)に達すると記されている。 点火タイミングを遅らせ、電動スターターを始動。初夏の平穏を、爆発音が打ち砕く。点火用発電機、マグネトーの2基目もオンにし、点火タイミングを早める。シフトレバーは、通常とは逆のHパターンで動かす。 トルクは極太で発進しやすく、1200rpm以上回す必要はない。紐が巻かれたステアリングホイールは握りやすいが、かなりの力が必要。フロントガラスは存在せず、数100m後には帽子と眼鏡が飛びそうになった。 今回お借りしたのは、グレートブリテン島中部のマロリー・パーク・サーキット。高速コーナーでは、バイパーの車重を実感させるが、走りは安定している。直線でアクセルペダルを踏み込むと、ゆったり回転するエンジンが驚異的な加速を生み出す。 当時のドライバーは、今日の2倍近いスピードで順位を競った。その興奮は、想像するしかない。 この続きは、100年前の大排気量モンスター(2)にて。
サイモン・ハックナル(執筆) ジョン・ブラッドショー(撮影) 中嶋健治(翻訳)