阪神ドラ5・佐野大陽 「虎之介」命名予定も…生まれた顔を見て一変
10月のドラフト会議で阪神から指名を受けた9選手(1~5位・育成1~4位)の連載をお届けする。今回はドラフト5位・佐野大陽内野手(22)=日本海L富山=の名前の由来、野球を始めた小学生時代を振り返る。 【写真】幼少時代の佐野 お目目クリクリでめちゃ可愛い ◇ ◇ 2002年2月14日に佐野家の長男として誕生した。体重2800グラム。「生まれた時に顔を真っ赤にして元気いっぱいに泣いている姿を見て、嫁が『この子は太陽だ。太陽しか思い浮かばない』となって、名前を決めました」と、待望の第1子誕生の瞬間を父・勇気さん(42)は振り返る。 生まれる前に考えられていた名前は「強い男になってほしい」という願いを込めて虎之介。しかし、いざ会ってみると「顔が虎之介ではなかったですね」と、母・梓さん(42)さんの直感で一変。地元で字画を判断してもらえる場所で見てもらうと、点の付くところで生まれていないと言われ、病気にならない字画も考慮して「太陽」から点をとって「大陽」と名付けられた。 朝から晩まで外で遊び回る活発な少年。父は性格について、物おじしなくてグイグイいくという一方で、天然だともいう。「小さい頃に『足を速くするにはどうしたらいい?』と、聞いてきたんですよ。腕を振ったら速く走れるよと教えたら、両手を振ってバイバイしてました」と当時を思い返して明るく話す。 「小学校に入った頃からずっと野球をやりたいといってたんですけど。やらせなかったです」 幼い頃から野球に興味はあったが、審判や送迎など親の負担も考えて少年野球チームには入れなかった。何とか小学校入学から夏頃までは我慢できていたが、自宅は学校の目の前。グラウンドで野球をする少年少女の姿や、活気あふれる声に我慢ができなかった。 「野球をやりたい、野球をやりたいとずっと言っていたんで『そんなにやりたいんだったら。自分で監督、コーチに野球をやらせてくださいっていってこい』って言ったんですよ。1人では行けないだろうなと思っていたので」 父の思いとは裏腹に、念願の野球ができるチャンスを得た大陽は迷わずグラウンドへと向かった。「全然帰ってこなかったので、見に行ったら一緒に混ざってやっていました」と、そのまま「富士宮リトルイースト」に入団。ここからどんどん野球にのめり込んでいった。 【佐野大陽(さの・たいよう)アラカルト】 ◆生まれ 2002年2月14日、22歳。静岡県富士宮市出身 ◆家族構成 父、母。5人兄弟の長男。弟が2人、妹が2人 ◆サイズ 178センチ、81キロ ◆投打 右投げ右打ち、内野手 ◆球歴 小学1年から富士宮リトルイーストで野球を始める。常葉大橘では高校3年時に正捕手の故障で捕手を務めた。中部大を経て、24年から日本海L富山に入団。1年目で最高出塁率(.464)のタイトルを獲得。阪神からドラフト5位指名を受ける。 ◆好きなこと 料理。オムライスは「トントンって卵も包めます」。チンジャオロースー、回鍋肉も得意メニュー ◆対戦したい投手 DeNAの松本凌。大学が同じリーグでライバル関係