世界初の治験進む iPS細胞を使った重症心不全の治療 開発の裏側は・・・
■特殊な針も開発 出血がない針とは?
世界初の治験のため、心筋球を注入する針もいちから開発する必要があった。Heartseed社の機器開発担当が施行錯誤を繰り返し、3本一組の特殊な針が編み出された。はり治療に使う針を参考にして、針を抜いた後の出血がなく、移植した心筋細胞が漏れ出さないものを目指した。通常の注射針は先端がとがり、組織を切り裂くが、開発された針は先端が丸く、組織を押し広げるように入り込み、針の脇にあいた穴から心筋細胞を出し、針を抜いた後は組織が元に戻り、穴が塞がるのだ。
Heartseed社が特殊な針の製造を委託したのは、医療用機器など金属の精密加工技術を誇るスズキプレシオン社(栃木県・鹿沼市)。
7月に行われた会議では、治験の手術を担当した医師からの意見をもとに、両社の担当者が針の角度などについて話し合っていた。
「針にごく小さい穴を安定して開けるのがとても大変でしたが、我が社が長年培ってきた、精密微細加工技術を生かして加工方法や加工プログラムを何度も見直して試行錯誤し、精度の高いものを作ることに成功しました。実は私の家族も心臓病でバイパス手術を受けまして、病気の苦しみを近くで見ていたので、今回の世界初の治験の中で、自分たちの技術がちょっとでも一人一人の患者さんを救えることになるんだとしたら、とてもうれしく思います」
■長距離輸送の試験も繰り返している
現在の課題は、極めてデリケートな心筋球が長距離の運搬に耐えられるかだ。正式な治療法として承認されれば、全国で心筋球が使われる可能性があるため、運搬方法の詳細を決める必要がある。7月に行われた輸送試験では、冷蔵保存(4度)で約450キロメートルを移動、品質に問題がないことを確認したという。
■治験は新たな段階へ
この治験について、今年7月、独立した安全性評価委員会が安全性に問題なしと認めたため、福田氏らは、移植する心筋細胞の量を3倍の1億5000万個に増やして、新たな5人の重い心不全患者に移植する治験を行う予定だ。その後、順調にいけば2027年に、国から治療法として承認されることを目指しているという。 この治験では、あらかじめストックされている、多くの人に適合するタイプのiPS細胞から心筋細胞を作って移植している。今後は、心臓病の患者本人の血液などからiPS細胞を作り、それをもとに作った心筋細胞を移植する形も目指すという。そして、胸を開く手術ではなく、カテーテルで心筋細胞を投与する形も検討中だ。 福田氏は「従来の治療法では救えなかった患者さんを救える可能性が出てきた。かなり冒険に近いようなことの連続だったが、最終的にこのような医療に繋がるのは無上の喜びです。なんとか開発を成功させたい」と話している。