世界初の治験進む iPS細胞を使った重症心不全の治療 開発の裏側は・・・
この研究チームが開発した方法の特徴は心筋細胞を1000個集めてごく小さい塊「心筋球」を作ったことだ。心筋細胞をばらばらの状態で心臓に移植すると、そのうち3%ぐらいしか生き残らなかったが、塊にして移植すると細胞が死ぬのを防ぐことができ、生着率は20倍以上になったという。 また心筋細胞移植後、不整脈やがんができる可能性があることも課題だった。研究チームは純度の高い心筋細胞を作る技術を16年以上かけて開発した。iPS細胞からは体の様々な部分の細胞を作ることができるが、その性質ゆえに心筋細胞を作ろうとしても、ほかの臓器などになる細胞もできてしまい、拍動しない細胞が混じったまま心臓に注入すると「不整脈」が起きてしまう。
そもそも細胞は種類によって必要とする栄養が異なる。iPS細胞はブドウ糖とグルタミンを栄養としていて、それがないと死んでしまうが、心筋細胞は乳酸があれば生きていけることを研究チームの慶応大・遠山周吾助教(当時。現在は藤田医科大学東京先端医療研究センター准教授)が2016年、世界で初めて発見した。iPS細胞から作り出した心筋細胞を育てて増やす段階で、栄養となる「培養液」にブドウ糖とグルタミンを入れずに、乳酸を入れることで、未分化のiPS細胞がなくなっていき、純度99%以上の心筋細胞を作り出すことに成功したという。それにより、がんができるリスクを下げた。 さらに心筋細胞の中でも、「心室」の筋肉の細胞だけを作り出し、「心房」の筋肉の細胞などが混入しないようにする技術も開発できたこと、かつ、心筋球にして死滅する細胞を少なくしたことにより、不整脈を減らすことができたという。
今年5月、治験のうち5例目の手術が行われた。今回の手術を担当したのは東京女子医科大学病院心臓血管外科の新浪博教授。
患者の心臓に15回、特殊な針を刺し、心筋細胞5000万個(心筋球5万個)を注入する手術はおよそ40分ほどで終わった。正式な経過観察データは6か月以降に集める規定だが、患者の状態は安定しているという。