ストゥ(制裁棒)には「打撃練習」があった!? 『ゴールデンカムイ』監修者が明かすアイヌ文化の豆知識
キサラリは「鳥の化け物」を模した道具
このキサラリは「鎌の刃のところへ黒い布を巻きくちばしのように見せて、二十センチくらいの長さの赤い布を巻きつけて耳を作ります」とありますので、要するに鳥に見立てているわけです。 子守唄にも、「お前が泣くと、化物鳥がやって来て、お前をつついて、おっかないよ」などとおどかして、泣き止ませるという歌詞がよくあります。 そういえば、9巻88話では、村を占領していた偽アイヌたちに本物のアイヌであることを証明させるために、杉元がこのキサラリを持ち出して、レタンノエカシにその使い方を見せろと迫る場面があります。 彼が変な使い方をしていても、本物かどうか判定できない杉元に業を煮やした尾形が、「俺が正しい使い方を当ててやる」と言って、思いきりレタンノエカシの足の指をキサラリで叩きます。 レタンノエカシが「痛たあっ」と日本語で叫んでも、まだ杉元はその正体に気がつかないのですが、それはともかく、実はこの足を叩いている部分は、鎌の刃に布を巻きつけてくちばしに見せかけたところですので、「メキッ」というより、ぐさっと刺さってしまうのではないかと思います(そんな凄惨な場面にならなくてよかったと言いたいところです)。 キサラリのようなものが沙流(さる)地方以外にもあるのかどうかは、私にはわかりませんが、千歳(ちとせ)地方では子供が泣き止まないとこっそり表に出て、窓の陰からホチコㇰ「アオバズク」という鳥の声真似をして、大きな声で「ホチコㇰ! ホチコㇰ! 誰が泣いているの? 泣いてる子は、叺(かます)に入れて、さらっていっちゃうよ」と叫びます(『カムイユカㇻを聞いてアイヌ語を学ぶ』20頁)。 たぶん、子供はその声を聞いたらびっくりするでしょう。そして、子供というのはびっくりしてそれに気をとられると、それまでなんで泣いていたのかを忘れてしまい、そのまま泣き止んでしまうのではないかと思います。 このアオバズクの声は、1回聞くと忘れられない鳴き声なので、ネットで検索して聞いてみてください。確かにホチコㇰと聞こえます。日本中どこにでもいるらしく、私は沖縄で聞いたことがあります。その時もアイヌ語でホチコㇰと鳴いていました。
---------- 中川裕(なかがわ ひろし) 1955年神奈川県生まれ。東京大学大学院人文科学研究科言語学博士課程中退。 1995年、『アイヌ語千歳方言辞典』(草風館)を中心としたアイヌ語・アイヌ文化の研究で金田一京助博士記念賞を受賞。 漫画・アニメおよび実写版映画「ゴールデンカムイ」でアイヌ語監修を務める。著書に『改訂版 アイヌの物語世界』(平凡社ライブラリー)、『アイヌ文化で読み解く「ゴールデンカムイ」』(集英社新書)など。 ----------
中川裕
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