デンマーク人が4時に帰れる理由とは? 「働きながら本を読める国」の思想
なぜデンマーク人は会社を4時に帰っても成果を出すのか――。デンマーク文化研究家の針貝有佳氏は、その背景には「無理しない・させない」同国の労働観があるという。一方で、読書史と労働史に詳しい三宅香帆氏は、日本は人間関係への気遣いを重んじる働き方だと指摘。両氏の対談から、デンマークに学ぶべき労働観と日本の強みを探る。 「管理職の罰ゲーム化」が加速する日本の職場...その原因とは? 聞き手:編集部(中西史也) ※本稿は、『Voice』(2024年11月号)より、より抜粋・編集した内容の後編をお届けします。
ホワイトな働き方の根底にある「思想」
――針貝さんの著書『デンマーク人はなぜ4時に帰っても成果を出せるのか』(PHPビジネス新書)は、「世界一ゆるい」けど効率の良いデンマーク人の働き方について現地での取材をもとに書かれています。三宅さんの著書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)は、趣味と労働の両立という問題意識に基づき、日本人の働き方に警鐘を鳴らす本です。 今回はお二人に、デンマーク人と日本人それぞれの働き方の強みや課題、そして根底にある価値観の違いなどについてお話しいただければと思います。まず針貝さんにうかがいますが、著書のタイトルにあるように、ずばりデンマーク人はなぜ四時に帰っても成果を出せるのでしょうか。 【針貝】根幹にあるのは、デンマーク人の「(自分が)無理しない・(相手にも)無理させない」というマインドです。この考えがあるから、仕事で「優先順位の低いことはしない」という割り切りができます。 三宅さんの本を読んで再認識したのは、日本だと「全身全霊」で働くことが是とされ、期待されていることです。昨今は日本でもワークライフバランスの重要性が叫ばれていますが、それでも「一所懸命に働くほうが良い」と無意識に植えつけられている気がしていて。 その点デンマークでは、「人びとは皆、仕事だけしているわけではない。家族や趣味の時間を楽しむなど、いろいろな顔をもつ一人の人間なんだ」という認識が一般的です。 【三宅】私の周りでもヨーロッパで働いている日本人の友人、あるいは日本在住でもヨーロッパ出身の方は、日本で働く日本人とは明らかに働き方が違うと感じていました。その違いが気になっていたこともあって、針貝さんの著書をとても興味深く読ませていただきました。 あらためて気づいたのは、針貝さんが仰ったように、日本人とデンマーク人では労働に対する価値観が根本的に異なるということです。ヨーロッパでは早く仕事を切り上げる、長期のバケーションを取るという具体的な行動もさることながら、その働き方を当たり前とするマインド面に差があると思うんです。 いわゆる一般的な日本企業で「明日から4時に退勤しましょう」と急に言われても、実現するのは簡単ではないはずです。背景にはやはり、多少無理してでも頑張って仕事を終わらせよう、成果をあげよう、会社に貢献しよう、という意識がある気がします。 【針貝】私もデンマーク人に話を聞くまでは「なんだかんだ言っても仕事は頑張るもんでしょ」と思っていて、そういう姿勢を自分にも他人にも求めていました。でも、たとえばスケジュールが厳しいところを何とか調整してもらうのは、相手が家族と過ごす時間や趣味の時間を奪っているんだ、と気づかされたんです。 【三宅】人生の重きを必ずしも仕事に置かないデンマーク人の働き方を体感されたからこその気づきですね。 【針貝】はい。あと「デンマーク人が4時に帰れる」のは、「4時に帰らなくてはいけない」事情もあります。そもそも保育園が5時に閉まるし、5時ギリギリに迎えに行くのは保育園で働いている人の負担になる、という意識がある。逆算すると4時には退勤しないとね、という暗黙の了解が浸透しているんです。 デンマークで保育園が5時に閉園する仕組みが整備されている根底には、保育士の労働時間への配慮とともに、「子どもを早く迎えに行って家族の時間をもちましょう」という考え方があります。つまり、システムの元になる「思想」がそもそも日本とは違うんです。 【三宅】日本でもたとえば小学生だったら4時頃に帰るのは当たり前で、それに合わせて親が帰ることもありますよね。でも「家族の時間を大切にする」ことが前提というよりは、主に女性が、給料を下げて勤務時間を調整する時短勤務を取ることになります。やっぱり仕事や会社の事情が優先される「全身全霊」の価値観は根深いのでしょう。 【針貝】仰るとおりです。三宅さんは著書の最後で、仕事や家事に全力を傾けるのではなく、自分の一部は仕事、一部は家事・趣味といったように「半身」で生きようと提言されていますね。驚いたのは、全身全霊で働けない人が給料を下げて時短勤務をするのではなく、皆で半身の働き方になろうと訴えていることです。「そうだそうだ」と共感しながら読ませていただきました。 【三宅】デンマークの方はまさに半身の働き方を実践しています。仕事を持ち帰る場合はあるとはいえ、いったん「4時に帰ると決める」のは半身の考え方そのものだと言えますね。