「車いす社長」ヒントの介護付き旅行サービス始動から1年 その成果は?
「感動できる介護は天職」「高齢者の人生に寄り添う介護を」
大島さんの仕事に臨む基本姿勢は「高齢者に寄り添う介護は高齢者の人生に寄り添う介護」。旅行前の面談時から、高齢者の人となりを理解することに気を配る。大島さんは「どんな旅行を希望されているかとともに、これまでどんな人生をどのような考えた方で歩んでこられたのか。ああこんな風に生きてこられたのだなと、共感できるよう心掛けています」と、柔らかい口調で話す。室内に飾ってある趣味の作品などについて質問すると、人となりを知る糸口になることがあるという。 今仲さんは「プロである限り、提供する介護サービスは100点満点が当たり前。たとえ90点に到達していても、お客様が入浴中に転倒されたりしたら、お客様にとっては零点になってしまう」と、春山満流のプロ意識に重点を置く。「介護は厳しさが要求される分だけ、やりがい十分。私にとっては感動をもらえる天職です。若い世代に介護の仕事のすばらしさを伝えていきたい」と意気込む。 HNIでは、グッドタイムトラベルを「あきらめていた『家族旅行』を、もう一度」のテーマで、アピールしてきた。 「介護が必要な高齢者の場合、旅行はできないと思い込んでいるご家族が少なくない。お客様の要望をお聞きし、どうしたら実現できるかとアプローチするのが、私の務め。旅行当日、お客様の体調が変化するケースもありますから、TCAが私のプランに沿いつつも、現状を把握したうえでベストの選択をする。そうした貴重な体験を積み重ねながら、より安心安全で快適な旅行サービスが提供できる環境醸成に取り組んでいます」(春山社長) 春山社長は現在、全国のホテルや旅館の視察に余念がない。施設面などで、同社のグッドタイムトラベル基準に適合する宿泊施設は1割程度にしか満たないが、都道府県別に1か所程度は選定し、全国ネットワークを構築したいという。
「本当の4人家族みたいね」「また頼むわな」
再び旅行の現場に戻ろう。中井家の旅行の間に、康子さんと大島さんの親密さがどんどん増していく。帰路の車中、浩之さんが運転し、隣の助手席には悠仁くん。運転席の後ろに大島さんが座り、隣席の康子さんの世話をしていた。ふたりで会話に夢中になっていたところ、康子さんは「本当の4人家族みたいね」と、車内のみんなに話しかけた。大島さんは介護トラベルのプロながら、うれしくて思わず涙ぐんでしまったという。 今仲さんも、旅行の間に守さんの信頼を勝ち取っていく。守さんは病を得てから妻の千鶴子さん以外には心を閉ざしがちになっていたが、旅の途中からは、言葉は出ないものの、今仲さんを指名するようなそぶりを見せ始めた。長らく実業家として、多くの人材と接してきた現役時代の人間洞察力が、よみがえってきたのかもしれない。 車は無事、渋谷家へ到着。今仲さんが下車して別れのあいさつを述べる。すると、いつもはほとんど口を開こうとしない守さんがいきなり、しかもはっきりつぶやく。「また頼むわな」。妻の千鶴子さんと友人たちが、思わず驚いて顔を見合わすほどの快挙だった。言葉こそ少ないが、守さんは旅行を実現してくれた今仲さんの労をねぎらいたかったようだ。 中井康子さんと渋谷守さんがその後、天寿を全うして他界されていた事実が、今回の取材を通じて明らかになった。康子さんにとって福井への帰郷旅行が事実上、人生最期の旅となった。 守さんは石川再訪の旅で自信を得て、家族と小旅行をもう一度楽しんだ後、死去されたという。両家には旅の思い出が残った。春山社長は「大切な旅行サービスを提供する責任の重大さに、改めて身が引き締まる思いです」と、謙虚に話す。 今回のリポートは、ご両家の了解を得て、報道に至った。写真掲載や情報確認などにご協力いただいたご遺族に感謝したい。「家族みたいね」「また頼むわな」── 旅行を楽しんだ高齢者のさりげない感謝の言葉が、スタッフたちの背中を押す。