責任ある企業は、善と悪の両方を語る
■現実のストーリーから始めよ 劣悪な条件で働かせる搾取工場をなくそうとクリントン大統領が特別委員会を設置した際、パタゴニアもそのメンバーとなったわけだが、そのとき、我々自身がそういう行為と関係していないという確証はなかった。そのあたりが確認できたのは、この委員会から生まれた第三者機関、公正労働協会の支援を受けてからだ。すべてを自社でできるわけではない。そんなところなどあるはずがない。 知らなければならないことが自社の能力を超えているケースもある。パタゴニアには繊維関係の専門家がいるが、染色工場や繊維メーカーの監査ができるレベルまで化学薬品や有害物質について詳しくなることはとてもできない。だから、サプライヤーが使う化学薬品について評価できるだけの専門知識を有するブルーサイン・テクノロジーズに協力を要請した。 透明性があれば、サプライヤーに対する基準に我々が真剣に向き合っているとわかってもらえる。その結果、工員の行動にはマネージャーが責任を持ち、そのマネージャーが工員を適切に遇する工場になり、製造される衣料品の質が高まった。サプライチェーンを吟味するためには、サプライヤーをよく知らなければならない。サプライヤーがなにをどのようにしているのかを知り、作業時の課題を具体的に知ると、サプライヤーからの信頼が厚くなる。そうなれば、なにか問題が起きても協力してさっと解決できる。 顧客は、根本的な考え方の違いで大きくふたつに分かれる。一方には、利便性や低価格、あるいはその両方を求めてアマゾンで買い物をする人々がいる。ウォルマートやコストコなどの巨大小売店で買い物をする人々も同じだ。他方には、本や歯ブラシをアマゾンで買ったりしているかもしれないが、安物より長持ちするし使い勝手のいいモノを少しだけ買う人々がいる。こういう品質重視の人々は、その製品をだれがどういう労働条件でどのように作っているのかも気にすることが多い。 透明性を上げれば、こういう顧客の心をつかむことができる。学んだことを共有すれば、価格につられる顧客に真のコストを知ってもらえるし、お金に余裕がなくてもファストフードより健康的な食品を選んだほうがいい理由、ファストファッションより丈夫で長持ちの服を選んだほうがいい理由を知ってもらうことができる。 プラスの変化を生み出すには透明性が必要だが、透明性さえあればプラスの変化が生まれるわけではない。それは、デイパックの新製品を投入したときのことを見てもわかる。昔、丈夫なデイパックを開発、投入したところ、飛ぶように売れたのだが、これは、十分な売上と利益が得られる価格レベルを実現するため、環境方面で若干手を抜いた製品だった。それまでもそうだったのだが、リサイクル繊維を使わないデザインになっていたのだ。だから、その旨、ウェブサイトで公表した。結果は……苦情はない、売上はいまも好調という状態だ。環境面の手抜きをデザイナーは恥じているが、機能的に同等で環境に優しい生地の開発にはいまだに成功していない。 透明性は実現に向けたプレッシャーにはなるが、万難を排してまでやるようになるとはかぎらない。恥ずかしい思いをしても、行動が変わるとはかぎらないのだ。ただ、学んだことを共有したほうが変化につながりやすいというのがパタゴニアの経験である。 だから、責任ある企業は、現実のストーリーから戦略を始めるべきだ。信頼されるには、そして親近感を抱いてもらうには、善行と悪行の両方を語るストーリーでなければならない。強いところと弱いところの両方を語るストーリーでなければならない。もちろん、志も語らなければならない。社員が自社をどう見ているのか、どういう役割を果たしているのかとも共鳴するものでなければならない。 銀行や顧客、サプライヤー、さらには地域社会に対して語っているのとほぼ同じストーリーを社内に対しても語らなければ信頼されない。逆に首尾一貫したストーリーを語れば利害関係者の信頼を勝ち取れる。そのとき、事業戦略は、だれも無視できないものになっているはずだ。
ヴィンセント・スタンリー,イヴォン・シュイナード