<野生動物に”押し戻される”人間>人口減少社会の「新たな戦い」
私たちが直面している野生動物と人との軋轢は、人口減少に伴う社会経済の変化、とりわけ土地利用の変化が最も大きな要因である。シカ・イノシシの増加は、耕作放棄地の出現→野生動物の生息地の創出→さらなる野生動物被害拡大→離農→耕作放棄地拡大の「正のフィードバック」による「負のスパイラル」を進行させ、食料自給率にも影響を与えるだろう。 シカの増加は、林業の衰退と山岳生態系の崩壊をもたらす危険がある。さらには山間部を走る鉄道や交通事故の増加、大型獣の都市部出没問題の深刻化、野生動物の媒介による感染症などが社会問題となる。狩猟者の減少と高齢化が進み、捕獲のほとんどを担ってきたレジェンド狩猟者も高齢のため10年後には不在となろう。日本では捕獲の担い手育成の仕組みが乏しいため、猟友会頼みの社会構造もやがて限界に達する。
改善されない人材不足担い手の育成は急務
これらの野生動物と人との軋轢を低減・解決するためには、野生動物管理システムを整備し、その担い手を育成するための制度を社会基盤として整える必要がある。 環境省の調べによると、24年4月時点において、全都道府県の鳥獣行政担当職員のうち、専門的知見を有する職員は全体の5.9%(213人)に過ぎず、東京都や山口県など10都県には不在である。この状況は10年来、改善されておらず、日本の野生動物管理は専門職人材不在のまま進められている。 このような背景から、日本学術会議は19年に、地域に根差した野生動物管理を推進する高度専門職人材の教育プログラムを創設し、市町村に鳥獣対策員、都道府県に野生動物管理専門員を配置することや捕獲従事者の育成を提言している。これを受け、野生動物管理のコア・カリキュラムをもとにした野生動物学教育の試みが、東京農工大学・酪農学園大学・岐阜大学との大学間連携により開始されたところであり、今後、連携大学の増加が期待されている。 科学に根差した野生動物管理システム構築とその担い手育成が急務である。
梶 光一