「たかが選手が」渡辺恒雄氏を追い詰めた“失言”の背景、球界のドンはプロ野球をどう変えたのか
一場問題が追い打ち
そんなさなかに巨人の不祥事が明らかになった。秋のドラフト会議で獲得を目指していた明治大学の一場靖弘投手に総額200万円の食事代や小遣いを「栄養費」などとして手渡していたことが明るみに出た。世の中はお盆休みに入った8月13日のことだ。 ドラフト候補にどんな便宜を図っていたか、球団オーナーが細かく承知していたかどうかはわからないが、軽井沢でゴルフをしていた渡辺は即座に巨人としての対応を打ち出す。まず、問題となった一場投手の獲得を断念したうえで球団の会長、社長、代表の3人を解任。さらに自身もオーナーを辞すると発表した。渡辺は前出の手記の中で、こう説明している。 <私はクラブ片手に芝生を歩きながら、一場投手獲得の断念と、関係者を処分するという孤独な決断をした。仮借なく不正を追及してきた新聞の主筆として、自社の醜聞となったこの「栄養費」なるものは、金銭の多寡ではなく、責任者処分以外に思案の余地はなかった> アマチュア選手への200万円の不正支出というルール違反を、オーナーを含む球団トップの総退陣に結びつけるのは、いささかつり合いに欠ける印象はぬぐえない。筆者には、「たかが」発言で自分に向いた世論の逆風から一時避難するため、一場問題を利用したようにも思われた。
急速にしぼむ再編論議
オーナー会議議長として、球界再編の動きを主導する立場だった渡辺の突然の退場で、オーナー会議は実質的な思考停止状態に陥る。堤の言う「もう一つの合併」も進展しないまま9月を迎え、9月8日に開かれたオーナー会議は近鉄・オリックスの合併を正式承認し、05年のシーズンを「セ6球団、パ5球団」で開幕することを決めた。その間に新興IT企業のライブドア、楽天の2社が球界参入に名乗りを上げていた。 9月10日午後5時を最終期限にスト突入を通告していた選手会は、11、12日に予定していた第1波ストこそ直前に回避したが、新たな進展がなかったため18、19日にストを決行。ベナントレース大詰めを迎えた公式戦が中止に追い込まれた。日本のプロ野球史上初めてのことだった。