【今月おすすめの本】増山実『今夜、喫茶マチカネで』他3編
【Culture Navi】BOOKS:今月の注目情報をお届け!
Navigator:石井絵里さん ライター 自宅の暑さに耐えかねて、おなじみの喫茶店で、仕事や読書に励む日々。涼しくて最高です!
『今夜、喫茶マチカネで』 増山 実 ¥1760/集英社
▶大阪のレトロ喫茶で語られる奇譚。予想を覆すラストに驚くべし! 『今夜、喫茶マチカネで』増山 実 ¥1760/集英社 「複雑なストーリーを追う余裕はないけれども、現実からは少し離れて、すらすらと展開が進む物語が読みたい!」という気分のときにおすすめなのが、今月の一冊。閉店が決まった喫茶店で、そのお店や地域にゆかりのある人たちが語る“体験談”に、つい惹き込まれてしまう連作短編集だ。 舞台は、大阪府豊中市・待兼山(まちかねやま)駅の駅前に昭和29年に開業した“喫茶マチカネ”。長らく地元の人たちに愛されてきた店だけど、最寄り駅の駅名が、この街にキャンパスのある学校を前面に打ち出した「大阪大学駅前」と改称されるタイミングで、店を閉じることに。店主の“私”から店をたたむという話を聞き、常連客の沖口さんが提案したのが、「閉店までの8カ月弱、待兼山駅の名前と喫茶店を愛した人たちに、思い出を語ってもらい、1冊の本にする」アイデアだった。こうして発足したのが“待兼山奇譚俱楽部”。月に1度、1人が語り手となり、彼らが街で遭遇した不思議な話を披露する――。 1話ごとの主人公は、年齢や性別もさまざまだ。商店街で生まれ育った高齢者もいれば、大阪大学在学中の4年間しか、この街にいなかった者も。彼らが語るのは、かつて多くの客でにぎわっていた地元の銭湯の思い出や、今、自分たちが営んでいるお店が生まれたきっかけなど……。唯一無二の“体験談”に、待兼山エリアの歴史や事件が絡み、お話は思いも寄らぬ方向へ。 実は私、ライター石井は、大の喫茶店好き。地元はもちろん、全国津々浦々ある、いろんな店も巡りたいタイプ。そんな流しの喫茶店愛好家ではありますが、観光地でフラリと入った店で、ママ(推定年齢80代)お手製の古いアルバムを拝見しながら、彼女の生い立ちや青春時代、そして店の開店までの経緯を伺い、感慨深い時間を過ごしたことも。もし“奇譚俱楽部”のような場があれば、ぜひ顔を出したいと、本作に没入した次第。そして会を提案した常連客の沖口さんの意図とは? まさに喫茶店に“通い詰める”気分で、驚くべき結末を見届けて。