『宙わたる教室』実写化は“運命”だった 制作陣が心がけた“あえての余白”と宇宙への思い
「どれだけ教室の片隅から宇宙に思いを馳せられるか」を大事に
ーーそんな小林さん演じる岳人がメインとなる第1話で印象的だったのが、ラストで教室から見る夜空が青空に変わるシーンです。原作にない場面ですが、その演出のアイデアはどこから湧いてきたものなのでしょうか? 吉川:どのタイミングでアイデアが浮かんできたかははっきり覚えていないんですが、脚本家の澤井香織さんと台本を作る段階から、藤竹の見ている世界を岳人が垣間見る瞬間を表現できたらいいよねという話はしてはいました。要は実験で青空を再現したものの、実際にできたものは青空とは程遠い。だけど、あそこで広々とした青空が広がるビジョンを一瞬でも共有して、岳人の人生がここから拓けていくかもしれないという予感を感じさせるシーンになればと思って突き詰めた結果、ああいう表現になりました。 神林:私は澤井さんが企画の初期段階で「どれだけ科学部の生徒が教室の片隅から宇宙に思いを馳せられるか、ということが大切な作品だと思うんです」とおっしゃっていたのが印象に残っていて、まさにその言葉が反映されたシーンになっているなと思いました。とはいえ、実際は夜なので、カーテンを開けて青空が広がっているというのは全くのファンタジーになる。それまでずっと現実の物語を見てた人たちが急にファンタジーを見せられたときにどこまで違和感なく受け入れられるシーンにするかというとても難しい部分だったと思うんですね。そこを吉川さんが素敵に演出してくださったので、私自身とても感動したのを覚えています。 ーー吉川さんは今年5月にNHKで放送された特集ドラマ『むこう岸』でも澤井さんとタッグを組まれていますが、澤井さんの作風についてはどのように捉えていますか? 吉川:先ほど神林さんがおっしゃっていたように、教室の片隅から宇宙を感じさせるというような、描いているのは小さい世界なんだけど、ディテールの積み重ねでその背後に広がる世界を感じさせるという点に長けている方だなと思っています。あとはとても話しやすい雰囲気を持っていらっしゃって、ともに議論して物語の本質に迫っていけるので、私も演出する上でとても助かっています。 ーーあの素敵なシーンにはお二人の信頼関係も反映されていたのですね。他方で、視聴者の皆さんからは「夜の学校の雰囲気がいい」という声が多く上がっていますが、演出の面でこだわった部分を教えていただけますか? 吉川:そこはカメラマンの三村さんと撮影前から慎重に議論を重ねた部分です。夜の学校が舞台ということもあり、絵面的に暗くて見どころのないものになってしまったらどうしようと内心ドキドキしながら撮影していたのですが、実際の定時制高校の授業を見学した際に見た教室の雰囲気がとても素敵で。そのときの印象を中途半端に明るくして崩さないように、心がけていました。スケジュールの関係で昼間に夜のシーンを撮ることも多く、そのときはカーテンを閉めなきゃいけないんですね。すると、どうしても陰影がつかずにフラットな絵になってしまう。そこは撮影部さんと照明部さんが何度もテストを重ねて、暗いけど雰囲気があって素敵に見えるように工夫してくれた部分なので、視聴者の方に褒めていただけてホッとしました。 ーーまた、本作は実験シーンが大きな見どころとなっています。米村でんじろう先生も監修に参加されていて、他のドラマではなかなかない撮影になったかと思いますが、いかがでしたか? 吉川:実験シーンに関しては私たちのやり方が良くなかったのか、最初は本当にうまくいかなくて(笑)。第2話で味噌汁を使った対流実験のシーンがありましたが、味噌を温めるだけでも苦労して、ありとあらゆる味噌を試したり、水で煮た大豆をすりつぶして味噌に見立ててみたり、とにかくトライアンドエラーの繰り返しでした。我々も科学部みたいな感じで毎日やっていました。暑いさなかの撮影だったので、正直辛いときもあったんですが、窪田さんをはじめキャストの皆さんが雰囲気を良くしようと気遣ってくださって本当に感謝しかありません。 ーー本格的に科学部が始動すると、より実験シーンの割合が増えそうですね。 吉川:そうですね。第4話までは一人ひとりの生徒にフォーカスが当たり、最後に実験シーンが付随する形でしたが、第5話以降は科学部が正式に発足してラストにつながる実験が始まります。なおかつ、今までは生徒一人ひとりと藤竹先生の物語だったのが、科学部の話になっていく。また違った楽しみ方ができるんじゃないかなというふうに思っています。 ーーここまでは基本的に原作通りですが、最初に神林さんが付け加えたとおっしゃっていた部分も含め、オリジナルの展開も登場するのでしょうか? 吉川:第5話が完全オリジナルの展開になっています。藤竹の過去も後半に向けてどんどん見えてきて、第1話でガラスに映った少年が何者なのかというところも明かされます。彼も原作ではそこまで大きくフィーチャーされていないのですが、このドラマでは藤竹の過去を深掘りする上で欠かせないキャラクターなので、初回から少し不穏な感じですが、登場いただきました。 ーーガラスに映った少年を演じている佐久本宝さんもそうですが、藤竹の大学の同期でJAXAの職員である相澤役の中村蒼さんも、窪田さんが主演を務めた朝ドラ『エール』の出演者です。おふたりの再共演も話題になっていましたが、中村さんを起用された理由は? 神林:相澤というキャラクターもドラマ化にあたってかなり膨らませていて、ネタバレになるので詳しくはお話できませんが、最終的にこのドラマの核となるテーマを表すキャラクターになっていきます。なので、窪田さんとの以前共演しているからという話題性の部分もありますが、一番はそのテーマを背負うに相応しい演技力を持った方という点で中村さんをキャスティングさせていただきました。ちなみに、藤竹と相澤がJAXAの本社で語らうシーンから幕を開けたのは澤井さんのアイデアです。最後までご覧になっていただくと、あそこから始まった意味がわかると思いますので、ぜひ注目していただきたいと思っています。