「愛する男を寺で焼き殺し…」日本史上最凶のストーカー「清姫」伝説が禍々しすぎる
「伝説の悪女」といわれる女性が、浄瑠璃・歌舞伎など日本の伝統芸能には数多く登場する。実在の人物との境界が曖昧なのであくまで伝承に過ぎないが、日本人の恋愛観や情念・恨みといった感情と密接に関わり高い人気を誇る。なかでも紀州(和歌山県)の清姫は、大衆の心をつかんで離さない不思議な魔力を持っている。(歴史ライター・編集プロダクション「ディラナダチ」代表 小林 明) 【この記事の画像を見る】 ● 大蛇に姿を変えて 愛する男を焼き殺した女性「清姫」 清姫とは、日本史上最凶のストーカーといわれる悪女だ。「安珍と清姫」の物語で知られている。和歌山県日高郡の道成寺に残る伝説に登場し、これを元に歌舞伎の『京鹿子娘道成寺』(きょうがのこむすめどうじょうじ)などが成立した。 人形浄瑠璃の『日高川入相花王』(ひだかがわいりあいざくら)のモチーフでもあり、こちらは1980(昭和55)年、漫画家の星野之宣が短編で取り上げ話題となった。 こうした伝統芸能の演目は、すべて16世紀に成立した『道成寺縁起』から派生している。その内容を簡単に紹介しよう。 なお、『道成寺縁起』では登場人物に名前はなく単に「僧」「女」となっているが、ここでは便宜上、二人を僧を「安珍」、女を「清姫」と呼称する。 醍醐天皇の御代(928/延長6年)、修行僧の安珍が諸国行脚の途中、紀伊国牟婁郡(むろぐん/和歌山県田辺市)に立ち寄り、当地の荘園を管理する役人の屋敷に投宿した。 屋敷には清姫という娘がいた。清姫は安珍を厚くもてなし、「深き契(ちぎり)と覚え候」(深く交わりたい)と申し出るが、修行僧の身。深入りは避け、熊野詣でを済ませた帰りに必ず会いに来ると言い含め、去っていった。
● 「欺かれた」と 気づいた清姫は… ところが待てど暮らせど、戻ってこない。欺かれたと気づいた清姫は安珍を追った。行く手を阻むように日高川が横たわっていたが、怨みに満ちた清姫は身を大蛇と化して川を渡り、道成寺という寺に安珍を追い詰めた。 恐怖に慄(おのの)く安珍は寺の鐘の中に身を隠した。大蛇はその鐘に巻きつき、憎悪の炎で鐘ごと安珍を焼き殺した――。 娘が大蛇に姿を変えて男を焼き殺すなど、もちろんフィクションである。また、歌舞伎などでは蛇となった女性が白拍子(平安時代の宴席で歌舞を披露する芸人)に転生し、この世に出現するなどの脚色もされている。 この架空の物語の源流は果たしてどこにあり、意図するものは何だったか、次ページ以降で、詳しく見ていこう。