AIコンバージェンスに適合した組織モデル--DAOの考え方を応用した組織変革
分散型自律組織(DAO)とは これからの組織デザインを考えるに当たって、まずは参考になる組織モデルとしてDAOについて説明しておきたいと思います。 DAOは、もともとは暗号資産のビットコインの仕組みを踏襲し、ベンチャーキャピタルへの投資を目的に2016年に創設された「The DAO」を起源とした組織デザインのモデルであり、次世代インターネット「Web3」を見据えた組織形態として注目されています。 DAOは、特定の所有者や管理者が存在せずとも、事業やプロジェクトを推進できる組織であり、インターネットを介して参加者が主体的に共同管理・運営していく組織を指します。DAOの組織構造は、基本的にフラットで上下関係はありません(図2)。ユーザー同士で自由にデータのやりとりが可能な「ブロックチェーン」技術を用いて運営される組織であり、国籍、年齢、学歴を問わず、誰でも平等に参加できます。従来の組織のような管理者が存在せず、意思決定は参加者の投票によって行われ、組織の運営方針は参加者全員によって決定されます。 その意思決定の仕組みは、議題に対して参加者が投票し、過半数を獲得した意見が採用され、「スマートコントラクト」と呼ばれる自動プログラムがその事案の処理を実行し、それらの履歴がブロックチェーンに記録されます。集計や実行に人間が介入しないため、特定の人間の意思が働く余地がなく、民主性と透明性が高いとされています。全ての参加者の活動履歴が公開され、全員に共有されます。そして得られた利益は、参加者に報酬が分配されますが、分配方法は貢献度に応じて細かく設定することができます。 インターネットの時代の産業構造においては、GoogleやAmazonのようなプラットフォーマーが支配的な力を誇っていました。例えば、Spotifyは音楽ストリーミングの有力なプラットフォーマーですが、その運営は中央集権型であり、アーティストから自分たちへの配分率が不当に低いという不満の声が挙がるなどしました。これに対し、2021年にスタートしたAudiusという新しいストリーミングサービスは、ブロックチェーンを含むWeb3のテクノロジーを基盤としており、アーティストへの利益還元率が90%程度といわれています。これはDAOによってこそ実現できたといえるでしょう。 AIコンバージェンスの時代には、組織の対等性と透明性が求められ、市場の独占や一人勝ちが許されにくくなることから、プラットフォーマーを中心とした産業構造からクラスター型の産業構造に変わっていくことが予想されます。前述のとおり組織構造はその時代の産業構造を映す鏡であるとすれば、組織構造もプラットフォーム型よりも全員参加型のDAOの考え方を取り入れたクラスター型の組織の方が、相性が良いと考えられます。 DAOの考え方を応用した組織変革 DAOは、透明性と公平性を確保しつつ全員参加型であることから、AIコンバージェンスの時代に適合した組織ガバナンスの一つのモデルであることは確かですが、これをそのまま一般的な企業に適用することは容易ではありません。 昨今のDAOの事例には、仮想通貨の運営や趣味のコミュニティーといったものだけでなく、デジタルアートの流通、シェアオフィスの運営、地域活性化など具体的なビジネスを展開するものも多く含まれますが、従来型の企業組織を丸ごとDAOに置き換えたという例は現時点で皆無といえます。それは、幾つかの不都合な点があるためです。 その一つは、法整備の遅れです。海外の幾つかの地域でDAOを法人として承認する法改正が行われており、日本においても制度改正によって2024年4月から合同会社型のDAOを設立することができるようになりました。しかし、現時点で幾つかの制限があり、法制度の対応は十分とはいえません。 そしてもう一つは、多くの企業の運営目的は決して一つでなく、投票によって全ての事業運営事案を意思決定できるほど単純でないという点です。DAOは、単一または少数の目的を持つ継続型もしくはプロジェクト型の事業運営に向いており、その目的のために新規に組織を設立する際には有効ですが、複合的な目的と既存の運営プロセスを持つ企業をDAOに作り替えることは非常に困難と言わざるを得ません(図3)。 従って、既存の企業をAIコンバージェンスの時代に適合させるためには、DAOのモデルの優れた点を取り入れて、制度、意思決定プロセス、組織カルチャー、メンバーの意識などを変革していかなければなりません。 企業は、時代の変遷とビジネス環境の変化を見据えて未来の組織運営の在り方を考えるに当たって、組織の未来像の一つのモデルとしてDAOの考え方を理解し、試行的な取り組みを検討することが推奨されます。 内山 悟志 アイ・ティ・アール 会長/エグゼクティブ・アナリスト 大手外資系企業の情報システム部門などを経て、1989年からデータクエスト・ジャパンでIT分野のシニア・アナリストとして国内外の主要ベンダーの戦略策定に参画。1994年に情報技術研究所(現アイ・ティ・アール)を設立し、代表取締役に就任しプリンシパル・アナリストとして活動を続け、2019年2月に会長/エグゼクティブ・アナリストに就任 。ユーザー企業のIT戦略立案・実行およびデジタルイノベーション創出のためのアドバイスやコンサルティングを提供している。講演・執筆多数。