最新の健康法は”食べないこと”?社会風刺が効いたスリラー『クラブゼロ』ミア・ワシコウスカにインタビュー
とある名門校に栄養学の教師としてやって来たノヴァク。彼女が教えるのは「意識的な食事法」なのだが、一部の純粋な生徒たちはその教えに感化され、どんどん少食になっていく。ノヴァクと生徒たちの行動はエスカレートし、行き着いた先とは…というドラマが展開する『クラブゼロ』(公開中)。 【写真を見る】生徒たちを言葉巧みに魅了する謎めいた教師、ノヴァク 設定はセンセーショナルなのだが、映像はスタイリッシュで思わぬユーモアも挿入。不思議な感覚を届ける本作で、ノヴァク役を任されたのがミア・ワシコウスカだ。『アリス・イン・ワンダーランド』(10)のアリス役などで知られる彼女が演じると、危うい役どころのノヴァクもどこか純粋に映る。作品全体のムードを支配する難役のノヴァクにどうアプローチしたのか。ワシコウスカにインタビューした。 ■「不安に陥らせつつ、同時に感動を与えてくれる物語でした」 そもそもノヴァク役をなぜ引き受けたのか。ミア・ワシコウスカは脚本を読んだ際の印象を次のように語り始めた。「この物語は私を不安に陥らせつつ、同時に感動を与えてくれました。過去のどんな映画でも味わったことのない感覚で、パワフルな作品になると実感できたのです。若い世代に問題を投げかける点も重要でしたね」。 ただし自身で演じるのはハードルが高いと感じたのも事実だったという。「ノヴァクは本当に“変わった”キャラクターです。しかも監督のジェシカ(・ハウスナー)の希望も、私が脚本を読んでイメージした演技の方向性と違っていて、これはチャレンジングだと感じました。ジェシカには俳優をあまり動かさないこだわりがありました。たとえば日常で人はなにかをしながら話すことが多いですが、ジェシカは俳優をあえて静止させるスタイルなんです。それはある種の美学で、私もその演出に従ってノヴァク役を息づかせるプロセスでした」。 こうした監督とのやりとりを通して、ワシコウスカも「当初はノヴァクが学生の心を操っていると感じたが、じつは自分に誠実に行動しているのだと認識した」と、演じながら役のイメージが変わっていったことを告白する。 ■「ティーンエイジャーの心がいかに繊細であるか思い知らせてくれました」 『クラブゼロ』がどこか“おしゃれ”な映画に感じられる要因の1つがカラフルな色づかい。生徒たちの制服はイエローのポロシャツにパープルのソックス、教師のノヴァクも鮮やかなカラーの服で登場する。 「監督の姉であるターニャ(・ハウスナー)が衣装をデザインしましたが、ノヴァクの衣装の色が次々と変わっていく理由は私にもよくわかりません。最後のほうでは生徒たちと同じようなジャンプスーツも着ているので、おそらく衣装がなにかメッセージを伝えているのでしょう。とにかく目にやきつくような色を多用しているのは本作の大きな魅力です。私が普段身につけるものとは、ちょっと違いますが(笑)」一方で扱っているテーマは「拒食」というシリアスなもの。幼いころからクラシックバレエを習い、俳優という職業についたワシコウスカも、食事制限やダイエットなどは身近な問題ではなかっただろうか。 「たしかにバレエをやっていたころ、食事制限などは経験しました。ただ理想のスタイルを追求し、誰かに押し付けられたわけではありません。映画業界に入ってからは、体重について周囲からプレッシャーをかけられることもなかったです。そういう環境で仕事を続けられ、摂食障害にもならなかったのはラッキーでしたね。この業界は、一般的には理想の体型が求められる世界ですから。私自身は断食などに詳しくないですし、食べたい物を食べつつ、体に良くない物は控えめにしている程度。野菜はたくさん食べてますね」。 そしてもちろん、1人の教師との出会いによって子どもたちの人生が一変する事実も本作は伝えている。ワシコウスカも「ティーンエイジャーの心がいかに繊細であるか思い知らせてくれた。教師は子どもたちを良き方向へ導くこともできれば、その心を破壊する可能性もあります」と改めて実感したという。ではそんなワシコウスカにとって、人生を導いてくれた恩人は誰なのか。 「私はかなり若いころから映画に出ていたので、監督や年上の俳優、ほかにも尊敬できる人の影響力を感じてきました。そのなかで1人挙げるなら、ロドリゴ・ガルシアでしょうか。私が16歳の時、アメリカで初めて出演したドラマ『イン・トリートメント』の製作者で、それ以来ずっと私のことを気にかけてくれています。今でも定期的にビデオ通話で連絡を取り合う仲です。仕事に対しては勤勉で、他者には優しく、多くの面で私の指針となる人。その意味で“人生の師”であり、父親のような存在なんです」。 ■「人前に出て騒がれるのは好きではないので、インディペンデント系の作品に惹かれてしまう」 『アリス・イン・ワンダーランド』の主役で大ブレイクし、ハリウッド大作でも活躍するかと思いきや、ミア・ワシコウスカは拠点を地元のオーストラリアに移し、世界中の監督と仕事を続けている。作品のチョイスも個性的でエッジが効いていたりと、様々な演技に挑んでいるのは、俳優としての理想的キャリアかもしれない。 「どちらかと言えば人前に出て騒がれるのは好きではないので、インディペンデント系の作品に惹かれてしまうようです。映画作りの喜びは、多くの人と一緒になにかを創造していくプロセス。脚本家や衣装デザイナー、作曲家などみんなの才能が1か所に集まって、子どもたちがゲームを楽しんでいるような感覚も好きなんです。俳優業は本当におもしろい仕事ですよ」。 もちろんハリウッド大作をあえて敬遠しているわけではなく、「トム・クルーズの作品や『007』シリーズのオファーがあったら?」というこちらの質問に、「ギャラ次第ですね(笑)。でも絶対にオファーされないと思う」とワシコウスカは微笑む。 ここ数年で観た映画で気に入ったものに、アイルランドの『コット、はじまりの夏』(24)とジョージアの『ブラックバード、ブラックベリー、私は私。』(2025年1月3日公開)を挙げるワシコウスカ。そこからも彼女のセンスがよくわかる。 コロナ禍を経て最初の仕事となった『クラブゼロ』は、「生徒役の俳優たちと一緒に仕事をするのが本当にうれしかった。ティーンエイジャーの正直な部分に心打たれた」と、忘れがたい思い出になったというワシコウスカ。そんな彼女にとっても、完成した作品を観て驚いたことがあるという。 「ラストシーンですね。あの映像を観た時、『これはちょっと珍しい。スゴい映画かも』と感じたからです。監督のジェシカはどんな意図だったのか。とても巧妙で、興味が募る幕切れでしたね」。主演を務めたワシコウスカも動揺をおぼえたという『クラブゼロ』のラストを、ぜひまっさらな気持ちで味わってほしい。 取材・文/斉藤博昭