グレッグ・アラキ『ドゥーム・ジェネレーション』『ノーウェア』が描いた、若者たちの生と性と怒り
集大成的傑作『ノーウェア』。愛の描写と冷めた視点の共存
1997年に発表された『ノーウェア』は、90年代アラキ作品の集大成的傑作である。若者たちが言葉を交わし、愛し合い、パーティーで騒いで楽しむ。そんな一夜を描くこの群像劇は、カラリと明るいトーンも相まって、あらゆる欲望を丸ごと肯定するかのようだ。 ここに登場する多くの人物たちは、性別や立場も関係なく愛し合う。SMを楽しむ人もいれば、様々な相手との逢瀬を楽しむ人もいる。だがもはやそれに眉をひそめる人はいない。前作において非難の対象だったクィアな欲望は、今作においては特別ではないのだ。ここであらゆる差異は融解し、人々は思い思いに欲しいものを追い求める。 そんなハイパーリアルな世界に彩りを与えているのが、ドラマチックな美術設計だ。アラキは表現主義に倣ってティーンエイジャーたちの激しく揺れ動く内面を画面に反映させ、極彩色の照明など強烈にサイケデリックな意匠を過剰なまでに多用した。グレッグ・アラキの感性と美学が生んだ、クィアでキャンプなユートピア。それが『ノーウェア』なのだ。 だがそんな世界を夢想しながらも、同時にアラキは暴力や孤独と無縁でいられる場所など存在しないことも理解していた。『ノーウェア』は楽しい雰囲気の映画だが、本当に愛する相手に巡り会えた人は実はごくわずかであり、突発的に恐ろしい暴力も起こってしまう。 アラキは祝祭的な空間に、残酷な要素を乱暴に投げ込んでいく。若者たちの愛は、クィアな欲望は、酷薄な現実を耐えて進んでいけるのか? そんなアラキの切実な問いかけが、驚くような展開へとつながっていく。 ほとばしるような情熱的な愛の描写と、シニカルで冷めた視点が激しく入り混じる『ノーウェア』。アラキが夢見た陶酔的なロサンゼルスの情景は、いまなお忘れがたい印象を残す。
クールな衣装と、絶妙なセンスのサウンドと。
またアラキの映画について語るなら、そのファッションと音楽について言及しないわけにはいかない。彼の作品はまるで1990年代のスタイルブックのようで、『ドゥーム・ジェネレーション』や『ノーウェア』の衣装は、いまみてもびっくりするほどクールである。 その秘密は映画に関わったスタッフたちのDIY精神にある。古着屋を巡り、スタッフや知り合いの私物も活用し、なければ自分でつくり上げる。低予算映画であったことが結果的に功を奏し、それらのルックは当時のオルタナティブ、パンク、クラブキッズファッションの貴重な映像資料となった。 オーバーサイズなレザージャケットとドクターマーチンのブーツ。ダークなボブヘアに赤いリップ。シルバーアクセサリーにキャットアイサングラス。ミニストリーなどのバンドTシャツ。星条旗にカウボーイハット。色とりどりに染め抜かれたヘアに、ヴィヴィッドなカラーメイク。グラフィックTシャツやクロップトップ。シースルー素材を使ったユーモアたっぷりのセットアップ。 創意工夫によってカジュアルなアイテムを昇華させたスタイルは、思わず真似してみたくなる魅力たっぷりだ。ヴィンテージが当たり前になり、「自分らしさ」をシビアに追求するファッションラヴァーが増えた現代において、その訴求力はむしろ増しているといえるかもしれない。ジェレミー・スコットが2011年秋冬コレクションで『ノーウェア』にオマージュを捧げたのも無理からぬ話だろう。 90年代のムードを詰め込んだサウンドトラックもアラキの映画には欠かせない。『ドゥーム・ジェネレーション』の冒頭で流れるNine Inch Nailsの“Heresy”を筆頭に、彼の作品の破壊的なエネルギーを支えているのは、インダストリアル、オルタナティブの名曲たちである。さらにSlowdiveやRIDE、Cocteau Twinsなど、シューゲイザー、ドリームポップへの傾倒も特徴的。それらのバンドがもつ切なく幻想的な叙情性は、アラキの映画の人物たちの刹那的なきらめきと鮮やかに共振している。 またRADIOHEADやBlurといった、有名アーティストの曲を思いもしないようなタイミングで引用する姿勢も面白い。アラキ映画のサントラがよくある懐メロ集になっていないのは、彼が取り上げる曲の幅広さと、その使い方の絶妙なセンスの良さにある。相当な音楽ファンだったとしても、きっと意表を突かれる瞬間があるはずだ。 エイズ禍による死が蔓延する世紀末。アラキはそんな時代にも確かに息づくクィアな愛や欲望に寄り添い、無軌道で危なっかしい若者たちのリアルな生の感触を、怒りをもって活写してきた。 「終末」の閉塞を全力で生き延びようとするアラキの姿勢には、いまの観客にも訴えかけるものがきっとあるはずだ。鮮烈に蘇った彼の作品をぜひ劇場で鑑賞し、その唯一無二の世界を体感してほしい。
テキスト by セメントTHING / 編集 by 今川彩香