「何かあれば強制送還がされるのでは…」フィリピン国籍を捨てた31歳ハーフ男性が憂慮する日本社会の”優しさが生む分断”
当事者の感じた方は千差万別
ちなみに22歳でフィリピン国籍を捨てるときの手続きは驚くほど簡素でした。パスポートを返納して、A5くらいの用紙に自筆で『破棄します』と書くだけなんです。個人的にはフィリピンという片方のルーツを失ったように思えて沈む気持ちもありましたが、そうした情緒と手続きは無関係なんだなと思いました。 改めてブローハンという、母のルーツを名前に刻めたことは良かったと思っています」 多民族国家ではない日本は、差異に敏感である。ブローハンさんもまた、それを実感する場面があると話す。 「日本社会はさまざまな違いに対して配慮がされすぎていて、やや不自然に思えることがあります。たとえばカナダなどへ行くと、多種多様なルーツの人々が共生しています。異なることが当たり前で一緒に暮らしているんです」 ブローハンさんが生い立ちを語るとき、「異物」に対する日本人の反応は温かいものの、切り離されていると感じることがあるという。 「特に何らかの当事者が話をする場合、『当事者が言っているのだから正しい』という空気がとても強いことに違和感を覚えます。当事者を尊重してくれる優しさであると同時に、『自分は当事者じゃないからわからない』とシャットアウトされているようにも感じることがあるんです。 私は講演のとき、『これは私個人の体験であって、絶対的に正しいとは考えていない』と伝えるようにしています。当事者の数だけ体験があり、感じ方も千差万別であるはずです。そして、ある社会問題の当事者でない人であっても、社会のことについては当事者であるはずです。だから当事者と同じステージでディスカッションしてほしいのに、それがなかなか叶わないことにもどかしさを感じます」
日本社会にはびこる”優しさが生む分断”
強烈な体験を告白すればするほど、”正しい人”として奉られ、ブローハンさんの言葉でいえば「見世物」にされていく矛盾。社会問題に耳を傾ける思慮がありながら、自身が経験していない領域への遠慮から結果的に他人事の態度を抜け出せない。 そのため、当事者自身が体験を語る際には、「何の目的で発信しているか」「聴き手にどんな事を求めるか」を常に考えていく必要性があり、バランス感覚が必要だとブローハンさんは話す。 「近年”社会的養護”と呼ばれる環境下で生きてきた人々が人前でその体験を話すことが多くなりました。さまざまな人たちが関心を寄せてくれて、具体的な動きが出ていることは喜ばしいと私も思います。 一方で、先ほど話した事情で、よほどのことがない限りは、当事者と非当事者が対等な立場で議論する機会はありません。当事者はますます自分の正当性を確信する構図にハマりやすんです。 しかし大切なことは、社会問題があることを世の中に伝え、どうすれば解決に向かっていくかを建設的に話し合うことだと思います。語りの目的の1つに社会問題の解決があることを忘れてはいけないと思います」 日本社会にはびこる”優しさが生む分断”をブローハンさんは憂慮する。悲惨な経験をした個人に対して深い共感や労りの気持ちを持つ人は多いものの、その一歩先にある社会課題に立ち向かう気骨はない。「心中お察しします」の言葉に留まらずに、より具体的な知恵や解決策を共有できる社会になればいい。 当事者の声によって可視化されたあらゆる社会問題を、どう濾過していくか。社会を構成する個々人が「寄り添う」の先の次元に進める日の到来を切に願う。
黒島 暁生(ライター・エッセイスト)
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