江戸時代のおかねは三貨制

　江戸時代のおかねのしくみは、現在と比べると複雑です。 　まず、小判という金貨つまり金本位、豆板銀などの銀貨つまり銀本位、一文銭などの銭（青銅貨から鉄貨へ）という銭本位、つまり3つの通貨が共存していました。これを三貨制といいます。そして、大切なのはそれぞれの通貨間で為替があったことです。そして問題の交換比率は現代の外国為替市場ように時々刻々というイメージではありませんが、緩やかに変動していました。徳川幕府としては、交換比率の安定を図るために一定、つまり公定にしたいところですが、そうはいかないのが相場の世界。金と銀、金と銭、銀と銭という3つの為替があり、これだけでも、江戸のおかねが複雑だとわかります。そのうえに、それぞれの貨幣に特徴がありました。 　金貨は計数貨幣または定額貨幣といわれ、一枚の額面が決まっていて、具体的には一両小判や一分金（一分判）です。ところが銀貨は秤量貨幣、つまり取引のたびに秤で計量する貨幣で、なまこ型の丁銀、厚ぼったいおはじきのような形の豆板銀などです。なぜ秤量貨幣だったかというと、必要な質量だけ切って使われることがあったからです。博多御公用銀のようにどこで切っても同じ銀含有量を保証する刻印が打たれ、小単位にすることができるため、日常取引でも銀貨が利用されました。銭は一文銭（寛永通宝など）というように、金貨と同じ計数貨幣でした。 　なぜ、このようになっていたのでしょうか。 　実は、これらの通貨は使われ方が決まっていたのです。「東の金遣い、西の銀遣い」と言われていました。「西の銀遣い」とは、大坂や京都などの上方をはじめ、日本海沿岸や中国、九州地方では主に銀が通用していたことを示します。これは明などの東アジア貿易圏と関係があります。「東の金遣い」とは、江戸幕府が開かれる前に、徳川家康は豊臣政権から地域限定で金貨としての小判の発行が許されていたことに由来します。つまり家康の支配地域という限定付きですが、金本位制の圏域を作っていたのです。そのため、江戸をはじめ関東、東国は金の通貨圏になっています。そして銭は全国共通の通貨でした。東西の通貨圏が重なる東海道や、都市部、宿場などでは金・銀・銭のいずれも通用していたのです。つまり、はじめに登場した伊勢出身の丁稚は、金・銀・銭に通じていたのです。 　三貨制といいますが、金・銀などは基本的に高額取引や貯蓄用として、銭は一般的な生活に使われていました。そして金と銀が主に地域割りになっていたという感じでしょうか。金貨である小判などは、主に幕府や大名諸家が使い、借家暮らしの町民が使うことはまずありません。一方、銭は生活に密着した交換・決済利用が主で、現物の銭が少なくてすむように米やみそなどは盆と年末の年2回の掛け払いにしていました。小判や丁銀などは、現在の日本人からすると米ドルやユーロのようなものだったのかもしれません。日常生活でほとんど使うことはありませんが、資産保全や運用で利用していたのです。 ファイナンシャルライター・瀧健 監修：井戸美枝 経済エッセイスト、社会保険労務士、ファイナンシャルプランナー。著書に『専業主婦で儲ける！サラリーマン家計を破綻から救う、世界一シンプルな方法』（講談社+α新書）、『知ってトクする年金の疑問71』（集英社）など著書多数。最新刊に『ズボラな人のための確定拠出年金入門』（プレジデント社、1200円+税）がある。