がん病院に久留米絣を飾った亡父「後のことは頼んだぞ」…遺志継ぐ松枝家7代目、作品染め直し活動続ける
国の重要無形文化財・久留米絣の織屋として約150年の歴史がある松枝家(福岡県大木町)が、がん専門病院にタペストリーなどの作品を飾る活動に取り組んで10年を迎えた。亡父の遺志を継いだ7代目の松枝崇弘さん(29)は「今後も見る人の心が和らぐ作品を届けたい」と誓う。(井上裕介) 【地図】久留米市の位置
「天然藍で染めているので、日光やライトが当たることで黄色っぽく変色してしまう。生地の状態を一つ一つチェックします」。10月17日、崇弘さんは福岡県久留米市の内藤病院を訪れ、1階玄関ホールの作品を手に取って確認した。花火やツユクサ、タケノコ、空がデザインされた4作品(縦約60センチ、横約40センチ)は、この病院で2020年7月に食道がんで亡くなった父の哲哉さんが制作した。
14年の病院の新築工事の際、「無機質になりがちな雰囲気を地元の伝統工芸品で和らげたい」という病院の依頼を受け、哲哉さんと母の小夜子さん(68)の夫婦が化学療法室や面会室などに約30作品を飾った。当時、小夜子さんも大腸がんの抗がん剤治療中で体力的に難しかったが、「藤の花など四季を感じられる作品で患者さんに少しでも元気を出してもらえたら」と引き受けた。
崇弘さんは、哲哉さんのがんが判明したのをきっかけに、4年前に勤め先の大分市から帰郷し、この道へ。入院中の哲哉さんと工房をスマートフォンのビデオ通話でつないだり、作業風景を録画した動画を見てもらったりして、指導は亡くなる前日まで続いた。「小さい頃から手伝っていたので通じ合う部分が多かった。一緒に仕事をしているようで、私の人生で一番充実した時間だった」
飾られた作品は2、3年に1度のペースで補修する。工房がある久留米市で、小夜子さんと染め直しや湯通しなどの作業を行う。小夜子さんは「染め直すことで生き返らせている。今も続けられるのは幸せなことです」と話す。
入院していた哲哉さんは「絣が飾ってあると気分が落ち着く。後のことは頼んだぞ」と話していたという。崇弘さんも入院している高齢女性から「絣はよかね。藍の色で気分が落ち着くね」と声をかけられた。