「未完の始まり:未来のヴンダーカンマー」(豊田市美術館)レポート。5人の現代アーティストの作品からミュージアムの未来を想像する
リウ・チュアン
鉱物の採掘やスマホなどの最新テクノロジーと道具、産業、移動、貿易、音楽……といった要素が、田村からゆるやかにつながって感じられたのが、続くリウ・チュアンの展示だ。 リウ・チュアンは1978年中国・湖北省生まれ、上海拠点のアーティスト。本展では3画面に分割された横長の映像作品《リチウムの湖とポリフォニー》(2023)を展示する。本作はグローバリゼーションのなかで急激に発展、変化していく中国の姿を描き出した作品。携帯電話やパソコン、電気自動車などに欠かせないリチウムのサプライチェーンにおいて中国が国際的に重要な位置を占めているという事実をもとに、丹念な歴史のリサーチとSF的想像力を交えて壮大な映像作品を編み出す。小説『三体』からの影響も受けているそうだ。 「人間をほかの動物から区別する要素として、道具の使用が挙げられるが、私はまた違った考えを持っています。歌を歌い、踊りを踊ることによって、人間だと言えるのではないかと」と、内覧会で作家が語っていたのが印象的だった。本作には少数民族の人々も登場し、ポリフォニー豊かさを示す場面もある。
ヤン・ヴォー
ヤン・ヴォーは1975年ベトナム生まれ。幼少期に家族とともに故郷を逃れてデンマークで育った。現在はベルリンを拠点に活動している。これまで日本では国立国際美術館(大阪)で個展が開催されるなど作品を見る機会に恵まれてきたが、本展では自身の庭に関係する新作を発表する。 木製の構造体に並ぶ、美しい花々の写真。これらは作家が郊外にある庭で育てたもので、なかには摘まれて街の花屋で売られる花の姿も混ざっている。それぞれiPhoneとライカで撮影され、写真の下には作家の父が美しいカリグラフィで花の名前を書き添えている。 作家は以前から、かつてヴェトナムで殉教したフランス人宣教師が父に宛てた遺書の手紙を、自身の父親に書き写してもらうという作品を発表している。この宣教師は手紙の中で死にゆく自分を神に摘み取られる花に喩えていたこともあり、花の写真はこの手紙の作品の延長線上にあるとも言える。 また写真を収める木製の額には、ヴェトナム戦争を推し進めたアメリカの官房長官ロバート・マクナラマの息子が運営する農場で育った胡桃の木が使われており、ここでも父と子の関係や、ヴェトナムをめぐる歴史が仄めかされる。 また構造体の中央に置かれた彫刻は、古代ギリシアから冷戦期のアメリカまでをつなぎ、美とマチズモに言及するもの。 美しさと暴力性、大きな歴史のうねりと小さな個人、史実とイマジネーション……こうした諸要素を編みこんだ、豊かな広がりを持つ展示だ。 本展の参加作家は、人類学的思考や歴史研究的アプローチなどを使いながら、様々な問題意識をヴィジュアルや音響といった面でも素晴らしい作品に落とし込む。ミュージアムをめぐる問いに対しても、様々な思考のヒントを与えてくれる展覧会になっていた。 ちなみに本展には約1時間の映像作品が3本あり、見応えたっぷり。ぜひ時間に余裕を持って訪れてほしい。
福島夏子(編集部)