井上尚弥の衝撃の112秒TKO3階級制覇の裏にあったテレビに映らないドラマ
プロボクシングのWBA世界バンタム級タイトルマッチが25日、東京の大田区総合体育館で4000人のファンを集めて行われ、挑戦者の井上尚弥(25、大橋)が王者のジェイミー・マクドネル(32、英国)を1回1分52秒TKOで倒して3階級制覇に成功した。井上はプロ16戦目で日本人最速の3階級王者となった。減量に苦しんだマクドネルは、当日に12キロも増量。井上との体重差は5キロあったが、そんなハンディをものともしない桁外れの強さで圧勝した。井上は、試合後、9月から始まる予定の世界最強賞金トーナメントWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)のバンタム級部門への出場を正式に表明した。
開始30秒もかからなかった。 マクドネルのスローモーな左ジャブを1発、2発、3発とステップバックで外しただけで、英国から初めて日本へ上陸したチャンピオンの力量を見切った。 「ジャブを肌で感じたところでわかった。スピードもないしパンチの戻しも遅い。30秒くらいですね。たいしたことないなあと。左には対応できる。感覚でいきましたね」 繰り返し見てきた映像でもスピードがないことはわかっていたが、あえて過大評価しておいた。だが、拳を合わせた瞬間、井上の察知能力が機能した。 ボディから強引にフックを振り回して“圧”をかける。マクドネルの目に怯えを確認すると、身長とリーチで10センチ差以上あるマクドネル対策用の特殊な左フックを額あたりに見舞った。 肘を伸ばして拳の裏を当てる、格闘技で「ロシアンフック」と呼ばれるパンチだ。 王者の足元がよろけたのを井上は見逃さなかった。 「普通のフックではあの距離では届かないんでね。いけば倒せそうだったので、いっちゃった」 左ボディがめりこむと王者はダウン。両手をついて跪き表情が歪む。 5カウントで立ち上がってきたが、もう井上はスイッチオン。ロープを背負わせるとガードを下げたままの荒っぽいスタイルでフックを振り回した。その際マクドネルの右ストレートを一発食らったのだが、“死に体”のパンチだから井上のラッシュの勢いが上回る。左が当たり、右が当たった。 マクドネルはガードを固めて必死に耐えたが、ロープにずり落ちるようにして倒れると同時にレフェリーが試合を止めた。ラッシュの最中に王者陣営のコールドウェル・トレーナーが、エプロンに上がってスポンジで含んだ水を投げつけ棄権の意志を示していた。 「ラッシュのときは怒っていましたねえ。それが力みになったのかも」 怒りの1ラウンドTKOだったのである。 マクドネル陣営は一連の試合前行事で遅刻を繰り返して井上陣営をイラつかせていた。その極め付きが前日の定刻より1時間7分も遅れた計量。「アイムソーリー」の一言もなく、「ふざけてますね」と怒りを隠さなかった。しかも、この日は、ゴング予定の2時間前にようやく会場入り、当日計量を行うと53.5のリミットから約12キロも増え65.3キロになっていた。バンタム級より6階級上となるウエルター級の体重である。当日計量にリミットを設けているIBFならば、タイトル剥奪になるほどの増量だった。 一方の井上も、リカバリーしたが、こちらは59.5キロだった。約5キロの体重差だ。 それは井上の怒りに火を注ぐ数値になった。 「そこまでの体重差は想像していなかったけれど、単に体がにぶるだけ。スピードも後半に落ちるだろうし、デメリットしかないだろうと思っていた」 大橋秀行会長も「その体重を聞いた瞬間いけると思った」という。 「陽動作戦かどうか知らないが、遅刻をしたりして、これは逆効果になっちゃうよ、(井上の)リミッターが外れちゃうよと見ていた」。控え室での井上のウォーミングアップを見て周囲に「終わるの早いぞ。1ラウンドKOもあるぞ」と予言していた。