井上尚弥の衝撃の112秒TKO3階級制覇の裏にあったテレビに映らないドラマ
それでも父・真吾トレーナーは「1ラウンドは様子を見ろ」と指示していた。 「不気味だったんです。体重の落とし方と増やし方が凄かったので確認したかった。見切ってから行こうねと話しをしていたんだけど……見切って、すぐにいっちゃった(笑)。でも、集中していたので、そのままいかせてよかったかなと」 例え「行ける」と判断しても、勇気に変えることがでできず、そのまま安全策に走ってズルズルとKO機会を失うボクサーを何人も見てきた。察知力と勇気、そして、それをKOに結びつけることのできる破壊力を兼ね備えたボクサーは日本のボクシング史の上でもそうはいない。 そこに、この日は闘争心という名の本能までが加わったのだ。ただし、その点は、ボクサーの高みを追求する井上にとっては、気にいらない部分。 「(ラッシュをかけたときにガードが)がらあきになっていた。気持ちとボクシングを一体化させていかないと、いつかやられる。そこは修正していかないといけない」 圧勝劇に胡坐をかくつもりもない。 プロ16戦目にして最大のプレッシャーを感じていた。 「次(WBSS)も決まっている中での3階級制覇。今までにない重圧があった」 試合前の控え室で初めて会長とトレーナー陣以外の関係者を部屋から追い出した。 「人の喋り声が気になるくらい集中していた」 無駄な雑音を耳に入れたくないほどナーバスになっていたのだ。タイトル奪取の直後、「これがボクシングです」と叫び、コーナーに2度駆け上がったが、それは重圧から解き放たれた感情の爆発だったのだ。 近代ボクシング発祥の地から初めて日本のリングに上がったマクドネルはベルトを失い号泣していた。 「きょうのジェイミーはいつものジェイミーではなかったわ」 同行した妻に励まされ、しばらく控え室に閉じこもった元王者は「5分」の制限つきで扉を開放した。 「井上は地球上で一番強い男だった。これを最後のバンタムの試合にしたいと最高のコンディションで臨んだが、残念ながら負けてしまった。減量の影響?これまで減量方法を変えたわけではない。今日は勝てる夜ではなかったということだ。井上がスタートダッシュしてくることは予想していた。数ラウンド様子をみて、トルネード(嵐)が去るのを待って攻撃するつもりだったが、井上の左フックでダメージを負ってしまった」 10年間、無敗だったマクドネルは涙をこらえているように見えた。 この試合を組んだ世界的プロモーターの一人、エディ・ハーン氏は「99パーセントのボクサーが、マクドネルのような減量を乗り越えることができなかっただろう」と言い訳をしたが、例えマクドネルが減量に苦しんでいなくとも井上の敵ではなかっただろう。