感染症の文明史【第3部】地球環境問題と感染拡大 1章 人類が自ら招いた危機:(2)膨張する都市がもたらした悲劇
途上地域では収束していた感染症が復活
米英に拠点を置く国際的な民間機関グローバル開発センターのチャールズ・ケニーは、「都市化が市民の健康、感染症の感染率や死亡率に及ぼす影響は多岐にわたる」という。例えば、先進国では、「環境汚染」「薬物乱用」「事故・災害」「暴力犯罪」などが市民の健康に悪影響を与えている。しかし、過去20~30年の間、衛生環境や栄養の改善、医学や医療の進歩などによって、感染者の多かった呼吸器感染症と下痢性疾患の患者が減少し死亡率が低下した。 他方、途上地域では、新たに出現する感染症や収まっていたはずの感染症の復活によって、依然として感染症による死亡率は高い。急膨張する都市人口に対応しきれず、約40%の住民がし尿を安全に処理するための衛生設備を利用できず、野外でトイレをすませている。衛生設備や廃棄物処理施設が不足し、水道普及率は50%に満たない。このために、コレラ、赤痢、腸チフスなどの水を介した感染症が多い。世界保健機関(WHO)によると、毎年こうした地域では約50万5000人が飲料水の汚染で死亡している。
スラムは感染症の温床
途上地域において、都市化は多く場合スラムの膨張を意味する。国連居住計画の推定では世界のスラム人口は9~16億人。最大で、世界人口の2割にもなる。今後30年で20億人を超えると予想する。スラムは感染症の温床となっている。 例えば、コルカタ(インド)、ジャカルタ(インドネシア)、ナイロビ(ケニア)、カンパラ(ウガンダ)などのスラムでは、コレラが常に流行している。1990年代の後半、アフリカや中南米で国連のスラムの調査に参加したことがある。中でも衝撃的だったのは、アフリカ最大のスラムである、ナイロビ郊外のキベラだ。皇居の面積の2倍強にあたる2.5平方キロメートルに、約100万人が住んでいた。6畳に満たない小屋に8~10人が生活する超過密状態で、1カ所のトイレを平均150人が使っていることになる。 米国立衛生研究所(NIH)主催の「都市化とスラムと感染症ワークショップ」(2018年)の報告によると、2005年の世界サミットに採択された『人間の安全保障』以来、スラムにおける衛生・健康問題は常に議論されてきたが、ほとんど成果らしい成果はなかった。スラムでは、依然として感染症が死亡原因のトップだ。下痢症、コレラ、デング熱、マラリア、ジカウイルス感染症、ウイルス性肝炎、薬剤耐性結核などだ。インフルエンザは常時発生し、実態は不明だが、エイズや新型コロナでも、スラムではおびただしい数の死者を出しているようだ。 近年深刻になっているのが、海外からの移民・難民が都市人口へ加わっていることだ。現在、6500万人以上が母国を追われ、2300万人が難民および亡命希望者になっている。そうした難民や亡命希望者は収容施設のテント生活を余儀なくされている。シリア、ウクライナ、パレスチナのガザ地区などからの難民は、生存が精いっぱいの非衛生な環境に押し込められている。