トライアウト舞台裏…「パパー!」号泣する息子や新潟ユニの陽岱鋼、“5年前の戦力外投手”は最速151キロ「今回で終わりと決まったわけでは」
陽岱鋼が語った「日本への感謝」
昼休みになって、陽岱鋼がプレスルームに現れた。途中でユニフォームをオレンジからブルーに変えている。 「トライアウトは誰でも出られるものではないので、出場できることを感謝して出ました。4打席で安打はなかったけど、最初の当たりはいい当たりだったので良かった。でも、安打じゃなかったのは残念ですね。(37歳、最年長だが)ベンチの中は若い選手たちは緊張していたけど、いい空気でもありました。返事を待つ身ですが、いい結果もあると思って、子どもたちを学校に送り迎えしながら待ちたいと思います」 2013年オフ、台湾で行われたアジアシリーズの試合中、陽岱鋼夫妻が貴賓室に姿を現すと、球場のファンが一斉に立ち上がり、試合が中断した。陽岱鋼は台湾では、大谷翔平のようなスターなのだが、なぜ、日本にこだわるのか? 「僕は高校の時に、日本の福岡に来ました。育ててもらったと思っていますので、日本の国、NPBには特別の思いがあります。感謝しています」 スター選手のオーラが漂っており、別格だなと思った。
大阪桐蔭で春夏連覇のエース、5年前の戦力外も
そのほかにも名の知れた選手や、多様なバックグラウンドを持つ人物が参加していた。例えば根尾昂、藤原恭大らとともに甲子園を沸かせた大阪桐蔭のエース、日本ハムの柿木蓮もトライアウトのマウンドにいた。菊田拡和を三振、三好大倫を左飛と冴えた。 「準備をしっかりして臨めたので、結果につながったと思います。悔いが残らないようにという気持ちでした。(甲子園などとは違う舞台だが)僕はもともとかなりの緊張しいなので、緊張しないように投げようと思いました」 一方、村川凪は徳島インディゴソックスから育成でDeNA入り。もともと「足」が売りで、周東のようになるかと期待された。今春、DOCK(DeNAの横須賀の二軍施設)で話を聞いたときは「もうすぐ上がって来るよ」とのことだったが――トライアウトでは盗塁も見せた。 「キャッチャーの力量と、投手の牽制やクイックがプロは違うなと思いました。でも走塁は通用すると思いました。(上がってこられなかったのは)成功率を見られたのかなと。今日はいいところを見せられたかと思います」 最後にマウンドに上がった元ロッテの島孝明は、一軍では登板経験はない。しかも退団したのは2019年だ。しかし151km/hを記録した。 ロッテを退団してから國學院大學人間開発学部健康体育学科に入り、日本を代表するバイオメカニクスの専門家、神事努氏などに師事、今年の春からは慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科に進んだ。 「高校時代は153km/hを出したことがあります。でもプロを辞めてからは本格的に投げてこなかった。(球速が上がったのは)、トライアウトを受けようと思って自分でトレーニングを始めてからです。上体と下半身の捻転差が出るように投げる練習をしたからです」 トライアウト受験に対する悲壮感はない。彼にとっては、これまで学んだバイオメカニクスの成果を、自身の身体で証明してみせた、ということだろう。
選手会の事務局長「終わりと決まったわけじゃない」
島が球場を出ると、ものすごい数のファンが集まってきて、次々と記念写真を撮っている。すごい人気だ。さわやかな笑顔が印象的だった。 そんな選手たちを見守るように立っていた日本プロ野球選手会の森忠仁事務局長は語った。 「今日参加した何人かの選手から『これが最後だと聞いたから』という声を聴きましたが、トライアウトはこれで終わりと決まったわけじゃない。選手や関係者の話を聞いて、いい方向で考えていければと思います」 たしかに改善の余地はあるだろうが、プロ野球選手にとって、こうした「力試しの場」は、いろんな意味で必要だ、と思いながら、球場を後にした。
(「酒の肴に野球の記録」広尾晃 = 文)
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