坂口健太郎が「頭と心が別の人を愛する」役を演じて考えた、「愛すること」の意味
生田斗真の雄介を知らないまま演じた
――ちなみに、現場で雄介役の生田さんの芝居はこんな感じだった、といったような共有はされたのでしょうか。 いえ、ありませんでした。僕は監督が意図して見せていなかったと考えていますが、「雄介にはこういう癖があるからなぞってほしい」と言われるようなこともなく、パーセンテージの話を終始していました。 これは僕の解釈ですが、本編で登場する雄介は本人そのものというより、さえ子の記憶の意味合いが強いと感じています。さえ子の想い出の中で美化された存在だからこそ、監督はあえて情報を渡さずに僕がトレースしないようにしてくださったのではないかと思っています。 ただ、嵐の日の図書館のシーンで、成瀬がさえ子に雄介と全く同じセリフを言うくだりは流石に「どういう風に言えばいいんだろう」と悩みました。あのシーンも、何パターンか撮った記憶があります。例えば、言葉が口を突いて出てくるけれど「なんでこんなことを言っちゃうんだろう」と困惑する芝居にするか、雄介としてつらつら話す芝居にするか、彼が良く笑っている人というイメージがあったので、そういう表情を増やすか――何が正解かは、監督と話し込みました。 最終的に「セリフ自体は雄介として言って、言い終えた瞬間に成瀬に戻してほしい」という演出があり、やってみました。どのパターンも間違いではないと思うぶん、難しかったです。
改めて感じた、有村架純との相性の良さ
――さえ子役の有村架純さんとは「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」「そして、生きる」ほか多くの作品で共演されています。 僕と架純ちゃんが自分たちで思う以上に、周りの人が相性がいいと思ってくれているんだろうな、と感じます。2人で並んだときの見た目や、声のトーンなど、何かしらが合うと思ってくれているんだろうな、と仕事をするたびに思います。 今回はプロット(物語の大筋を記した簡単な資料)段階からふたりとも参加させていただけたので、台本の打ち合わせから撮影に至るまで、話し合ったり考えを共有する時間をより多くとることができました。 架純ちゃんとは本当に色々な話をしました。彼女はさえ子のようにコーヒー屋で働いた経験はないし、僕も成瀬のように身体が弱い経験はありませんが、自分たちが30年くらい生きてきた歴史に照らし合わせながら「どう思った?」というところから始めていきました。一つひとつのセリフを精査するというより、この物語への感想にしろ恋愛観にしろ、お互いの感覚を共有するような時間でした。 2人で取材を受ける時など、架純ちゃんはよく「健ちゃんは色々な人を巻き込む。部署もポジションの上下も関係なく全員と話してくれるから、現場が良くなる」と言ってくれます。ただ僕からすると、バラバラなものをまとめている感覚はありません。架純ちゃんが座長として旗を振ってくれるから、みんなの目線が彼女に集まっていく――そこを僕がガサッと持っていくといいますか、周りを包んでいるだけなんです。架純ちゃんと共演するときは、そういうスタンスで出来ています。