エンケラドゥスに熱水噴出孔が存在する可能性 実験室でのシミュレーション結果が示唆
地球上で最初の生命が誕生した場所についてはさまざまな説が唱えられていますが、その有力な仮説として海底の「熱水噴出孔」が挙げられています。 エンケラドゥスから噴出して土星を取り囲む水の分布 熱水噴出孔が存在する場所は「熱水域」とも呼ばれていて、そこでは無機物から有機物が合成されることで単純な生命体が出現するための重要な条件が揃っていると言われています。現在の地球でみられる熱水噴出孔の周辺でも多くの生物が活動し、独自の生態系を形成していることが知られています。 そのため、もしも地球外の惑星や衛星で熱水噴出孔の存在が確認されれば、その星に生命が存在する可能性が示唆されることになります。つまり、熱水噴出孔は有力な「バイオマーカー」(生命が存在する指標、「バイオシグネチャー」とも呼ばれる)と言えるのです。 熱水噴出孔の存在する可能性が指摘されている天体の一つが、土星の衛星エンケラドゥスです。この衛星の直径は約500キロメートルで、表面は約30キロメートルにも及ぶ厚い氷の外殻で覆われています。アメリカ航空宇宙局(NASA)と欧州宇宙機関(ESA)によって開発された土星探査機「カッシーニ(Cassini)」による観測の結果、エンケラドゥスの外殻の下には衛星全体に渡って広がる「内部海」が存在するのではないかと推測されています。
さらに、カッシーニはエンケラドゥスの南極上空で氷の粒子でできた雲(プルーム)の中を飛行し、そのデータを収集しました。 2018年~2019年にベルリン自由大学のNozair Khawaja博士(現在はシュトゥットガルト大学に異動)とFrank Postberg教授がカッシーニのデータを詳細に分析した結果、生命の構成要素でもある化合物を含むさまざまな有機分子を検出しました。 研究に使用されたデータはカッシーニの低解像度の測定機器で記録されたものですが、エンケラドゥスの内部海が有機分子で満たされていることを示している可能性があります。そこではさらに化学反応が起こり、最終的に生命の誕生につながっている可能性もあります。しかし、これまでに発見された有機分子がどこでどのように形成されたのかは不明でした。 一つの有力な仮説として、研究者たちはエンケラドゥスの内部海の底に熱水噴出孔を含む熱水域があるのではないかと考えています。Khawaja氏は同僚のLucia Hortal氏やThomas Sullivan氏とともに、この疑問の答えを得る方法を探ってきました。 カッシーニに搭載された「宇宙塵分析器(CDA)」は宇宙空間を毎秒最大20キロメートルの相対速度で移動する塵やエンケラドゥスの氷の粒子を捉えて分析します。粒子同士が高速で衝突すると物質は気化し、その中の分子は粉砕されます。破片は電子を失って正に帯電(イオン化)し、負に帯電した電極に引き寄せられます。結果的に軽い破片ほど早く電極に到達することになるため、すべての破片の移動時間を測定することで「質量スペクトル」(イオンを質量と電荷の比で並べたもの)が取得できます。これを使用すれば、元の分子に関する情報を導き出すことができます。 カッシーニで用いられた測定法を地上の研究室で再現するのも謎を解明する一つの方法ですが、実際に適用するのは困難とのこと。そこで、代替測定法として採用されたのが「LILBID(レーザ誘起液体ビーズイオン脱離)」と呼ばれる測定法です。この測定法を用いると、カッシーニの宇宙塵分析器と非常によく似た質量スペクトルを取得することができます。