新3階級王者田中の勇気と木村の誤算。名古屋名勝負はいかにして生まれた?
12戦目にしての3階級制覇には、世界最速の勲章が加わった。北京、ロンドン五輪で2大会連続金メダルを獲得したロマチェンコが、今年5月に日本育ちの“逆輸出ボクサー”ホルヘ・リナレス(ベネズエラ/帝拳)を強烈なボディで葬って成し遂げたばかりの記録に並んだのである。だが、田中は、己をよく知っていた。 「ありきたりですが嬉しい。木村選手に勝っただけでも嬉しいのに、プラスアルファで、もうひとつの喜びが。でも(ロマチェンコには)並んでいない。(彼の)試合を見ると分かる。まだまだ僕のレベルが高いわけではない。まだ全然差があるので、もっと頑張ります」 この23歳のボクサーは、まだまだ強くなる。 畑中会長は「次?フライ級ウォーズです」と意味深な発言をした。 ライトフライ級時代に一度は、統一戦が決まりかけていた前WBA、IBF世界ライトフライ級統一王者の田口良一(31、ワタナベ)が、先日、再起を宣言。判定で敗れたヘッキー・ブトラー(南アフリカ)へのリベンジをテーマにした再起だが、1階級上げて田中との因縁試合が組まれても面白い。ただ次戦の興行権は、木村にタイトルを奪われた中国のゾー・シミン側が、まだ持っていて、交渉次第では、中国でゾー・シミンが送り込んでくる“刺客”と戦わねばならない。だが、田中陣営の最終目標はスーパーフライを制しての4階級制覇である。そう遠くない将来に、3階級制覇の井岡一翔(29、サンキョー)がつい2週間前に再起した米国のビッグイベント「スーパーフライ」へ参戦する可能性も出てくるだろう。 一方、木村は「もう引退します」と、試合後に引退を口にした。 「今は、ボクシングをやりたくない。燃え尽き症候群じゃないけれど、それくらい一生懸命やったし、中途半端な覚悟でリングに上がっていない」 その目に涙が浮かぶ。 有吉会長も「ハッキリ言うなあ」と、横で苦笑いしたほどのサプライズ発言だった。 だが、木村は、「いつか自分がメーンで試合をできたらなあ」とも語った。今回も、敵地の名古屋で試合が組まれ、最初から最後まで主役は田中の方だった。筆者は、木村の引退表明は“一時的な衝動的引退”と捉えているが、2度ベルトを守ってきたチャンピオンが、思わず、そう口走るほどに、2人は、持ちえるすべてを出し尽くしたのだ。 敗者には何もやるなーー。それが勝負の世界の鉄則だが、震えるような感動をファンに与えてくれた本当の敗者はいない名勝負だったと思う。 惜しまれるは、この最高の試合が全国中継されなかったこと。すべてを書き尽くせなかった我が能力の無さを恨みながら名古屋の港の見える体育館のプレスルームで筆を置く。 (文責・本郷陽一/論スポ、スポーツタイムズ通信社)