新3階級王者田中の勇気と木村の誤算。名古屋名勝負はいかにして生まれた?
WBO世界フライ級タイトルマッチが24日・名古屋・武田テバオーシャンアリーナで行われ、挑戦者の同級1位、田中恒成(23、畑中)が2-0の判定で王者の木村翔(29、青木)を下して日本人ボクサーとして6人目の3階級制覇に成功した。12戦目の3階級制覇はWBA世界ライト級タイトルを獲得したワシル・ロマチェンコ(ウクライナ)に並ぶ世界最速記録。試合は田中が足を止めた打ち合いを挑んだことで最初から最後まで壮絶な打撃戦になったが、スピードと手数で王者を上回った。ダウンシーンはなかったが、年間最高試合候補となるべき名勝負だった。ただ試合後、木村陣営はスリップと判定された7回のダウンと最終ラウンドのジャッジに不満を抱きWBOに正式な抗議を行うことを明らかにした。
一歩も引かない。 プライド。いや、それは、2か月もない短期間のスパンで、しかも敵地での防衛戦を受けてくれた偉大なるチャンピオンへのリスペクトの証だった。 「全力で打ち合うつもりでした。(インファイトは)相手の土俵でもありますが、最後だし行く以外ない」 最終ラウンド。 田中は覚悟を決めたように頭をつけての殴り合いを挑んだ。 木村のどす黒く腫れた右目は塞がって見えない。 「見えないなら近い距離で戦え。いつ止められるかわからないから倒しにいけ」 10ラウンドあたりから木村陣営の指示は、接近戦勝負――。 互いに右を思い切りぶんまわす。相打ち覚悟。1発、2発……3発。恒成コールと、木村コールが交錯する3700人で埋まった名古屋港の埠頭にある体育館のボルテージが最高潮に達した。 「2発くらい打ったら、もう一発いこうかと。これ以上やると、やらせになるんで。お互いに触発しあった。むこうの気持ちはわかんないですが。おまえが頑張るなら俺もという気持ちがあったかもしれない」 田中の回顧と木村の心境。 「自然とそうなった。当たんなかったけどね。もう右目が見えないんで倒されるんじゃないか、とも」 焦げ付く炎になった意地と意地。木村の右ストレートが当たり、ラッシュをかけたが、田中も応戦した。そして試合終了のゴング。クリンチもなく、2人は、ただひたすらにパンチを繰り出し殴りあった。 名勝負だった。 2人は抱き合い、健闘を称え合う。 「強かったよ。最高の試合だったな」 年長の木村がそう声をかけると、田中は笑った。 「疲れました。座っていいですか?」 手数とリングジェネラルシップを重視した筆者のノートは4ポイント差で田中。だが、判定を待つ瞬間、木村は「負けたとは思わなかった」という。 読み上げられたジャッジの一人目が「114-114」。一瞬、田中の顔色が曇る。 2人目は「115-113」、3人目が「116-112」。アナウンサーが、「新…」とコールした瞬間、田中陣営の喜びが爆発した。だが、リング上でマイクを向けられた新王者は、「木村チャンピオンに最高の拍手を送ってください」と第一声。地元名古屋のファンにそう呼びかけた。 田中の右目は腫れ、顎もはれていた。ダメージで大きな声が出せなかったのだろう。記者会見場でのインタビューの声は消えそうなくらい小さい。 「気持ちと気持ちの勝負。弱気になったら負けだと思っていた。気持ちの強いチャンピオンで、生涯忘れられない試合になりました」 恐怖心に打ち勝った勝者のコメントだった。 敗者はドーピング検査の尿が出なかったが、これ以上、記者を待たせては失礼だと、狭い控え室で会見に応じた。右目は無残に変色して膨れあがり、右手の拳には、氷がビニールで巻かれて固定されていた。 「紙一重だったと思う。勝敗云々よりも気持ちのいい試合ができた」 実は、前試合の7月27日に、中国で行われたフロイラン・サルダール(フィリピン)とのV2戦で右拳を骨折していた。その痛みが11ラウンドに再発。 「11、12ラウンドは拳が痛くて、手を握って打てなかった」という。「体力的には調子は良かった。やると決めた以上、言い訳にはならない。でも骨のスタミナまでは鍛えられなかった」 2か月のスパンでの試合決行には、やはり無理はあった。