新3階級王者田中の勇気と木村の誤算。名古屋名勝負はいかにして生まれた?
採点表を見ると、12ラウンド中、3者のジャッジの判定が一致していたのは3、5、7,8、10の5ラウンドだけ。残りの7ラウンドは、見解が分かれた。効果打か、ジャブを含めた手数か。人間が主観でラウンドの優劣を決めるボクシング採点の永遠の論争の的となる判定の揺れが、12ラウンドで集計されると、ときには、試合全体の印象と、かけ離れることがある。 明らかに木村のラウンドだった最終ラウンドも、2人が木村、1人が田中と分かれた、12ラウンドを田中につけたジャッジは「115-113」だったから、もし、このラウンドで木村を支持していれば「114-114」となり、2者がドローの引き分け防衛となるはずだった。 試合後、有吉将之会長は「判定に対して文句をつけるつもりはない。ただスリップと取られた7ラウンドのダウンと、最終ラウンドのジャッジは納得がいかない。ここは正式に抗議させてもらいたい」と主張。レターを作成して、この試合のスーパーバイザーだった安河内剛・JBC事務局長を通じWBOに抗議することを表明した。もちろん判定が覆ることはないが、この訴えをWBOが認めれば、ダイレクトリマッチを指令してくる可能性もある。 だが、木村は新王者へのリスペクトの念を忘れていなかった。 「キレ、スピードがあって強かった。崩すテクニックもうまかったね。悔しいけどね。気持ちをぶつけ合う試合ができた」 そして田中も木村へ敬意を払う。 「やっぱりパンチは強かった。リング上でも言ったが、短い期間でアウエーに来て戦うのはカッコいいじゃないですか。万全に仕上げてきたか、どうかはわからないが、その心意気、あの戦う姿、気持ちに学ぶところがある。だからリスペクト」 気持ちが折れた方が負けるーー。試合前、田中は、何度も、そうメディアに繰り返した。 畑中会長が、現役時代に世界王者になるために走った名古屋の大高緑地公園にある“畑中ロード”を真夏に嫌というほど走った。走ることと暑さが大嫌い。だが、あえて嫌いなことをスパーリングの量を減らしてまで自らに課した。自信を心に植え付けるために時代錯誤の“根性トレ”をあえてやったのである。 「初心に戻って調整期間も追い込んだ。自分と向き合って1か月を過ごしてきた。最初の世界戦を思い出して臨んだ。“俺はこれだけやってきた”という気持ちになれた。マンネリしているわけではないが、毎回、毎回、厳しい相手と、きつい試合をやりながらも、どこかで慣れというか、それが当たり前になっていた。だから、もう一回、気持ち入れ替えて、気持ちに重点を置いて練習を頑張ってきた。だから、気持ちよくボクシングができた」 2017年9月に行われたパランポン・CPフレッシュマート(タイ)とのWBO世界ライトフライ級タイトルマッチは、逆転で防衛したが大苦戦して眼下底骨折を負った。以来、打たれもろさ、自慢のスピードの低下など“劣化”を自覚していた。だが、それらの不安要素を“根性トレ”という原点回帰で潰した。それは荒っぽい手法だったが、心の勝負となる壮絶な打撃戦を制するためには、最適の準備でもあったのかもしれない。