じつは、日本列島では「かなりの頻度で起こっていた」…あまりに多くの犠牲者を出してきた「噴火による山体崩壊」。その発生要因と「リスクへの備え」
多くの事例がある日本列島
日本列島では、活火山を含む多くの第四紀火山で山体崩壊の痕跡(馬蹄形地形、岩屑なだれ堆積物)が確認されている。 富士山も例外ではない。富士山の東側で約2900年前に発生した山体崩壊では、東麓には御殿場岩屑なだれ堆積物(約1km³)が、その二次移動により御殿場泥流堆積物(約0.7km³)が広範囲に堆積した。崩壊物には著しく変質した古富士火山の噴出物が多数含まれることから、地震または水蒸気爆発を引き金にして、古富士火山の変質した堆積物内に滑り面が形成され、山体崩壊が発生したと考えられている。 鳥海山の約2500年前の山体崩壊に伴う象潟(きさかた)岩屑なだれ堆積物や、浅間山の約3万年前の山体崩壊に伴う応桑(おうくわ)岩屑なだれ堆積物など、数千年から数万年の時間スケールで日本国内の活火山全体の噴火履歴を概観すると、山体崩壊はそれなりの頻度で発生している。
多くの犠牲者をともなう山体崩壊
山体崩壊は一般に低頻度の火山現象と捉えられがちだが、それは正しい表現ではないかもしれない。17世紀から19世紀にかけては、北海道駒ヶ岳、渡島大島、雲仙眉山、磐梯山で山体崩壊が発生し、多くの犠牲者が出ている。 *参考記事:「日本海の孤島・渡島大島」の噴火…「降灰まみれの悲劇」に見舞われた松前を、さらに襲った10m超の「大津波」の正体 山体崩壊による災害の規模が他の現象による災害の規模よりも圧倒的に大きいのはなぜだろうか? これは山体崩壊が突発的に発生する場合が多いことや、広域にわたり崩壊物質によるダメージが生じるためと考えられる。 とくに北海道駒ヶ岳、渡島大,島、雲仙眉山の事例に見られるように、海域・臨海域での山体崩壊では大量の崩壊物が海へ流入して津波が発生し、これが被害を拡大する要因になっている。 日本列島のような島弧は、山体崩壊そのものだけでなく津波との複合災害が発生しやすい環境にあることを忘れてはならないだろう。
山体崩壊にどう備えるか
山体崩壊に対して私たちになす術はないのだろうか? これは難しい問題だが、災害にどう備えるかの観点からは、事前のリスク評価と即時検知が重要ということはいえるだろう。ただし現在確立された手法があるわけではない。まずは過去事例の詳細な復元と現象の解明が将来のリスク評価のためには必要だ。 過去の山体崩壊の復元には地質学が威力を発揮する。崩壊地形や岩屑なだれの分布・体積・構成物などの地質痕跡は、山体崩壊のプロセスや影響範囲を明らかにし、どのような災害リスクがあり得るかを知ることに着実に貢献する。 また過去事例の復元にもとづき、崩壊(地形変化)を再現する土砂移動やそれに伴う津波発生の数値モデルを構築、さらには高度化することも重要だ。その上で想定される崩壊シナリオに対して、崩壊量や土砂の移動経路、流域の推定、津波の規模や到着時間の予測などを行うことは現在の技術で十分可能と考えられる。 崩壊ポテンシャルの評価は最も難しいが、例えば火山体の表面や内部に存在する変質域・脆弱部の発達の程度や分布を、物理探査により明らかにすることができれば評価に活用できるかもしれない。 また、マグマや流体(熱水)の貫入時や周囲での強い地震や地殻変動の際に、山体内部の応力状態がどのように変化し、どのような場所から崩壊が起こりやすいかなどをシミュレーションにより評価することは可能かもしれない。 先の記事でアナク・クラカタウの崩壊とそれに伴う津波を取り上げた。じつはこの火山での山体崩壊や津波の発生の可能性がフランスの研究者らによって事前に指摘され、スンダ海峡での山体崩壊とそれに伴う津波のシミュレーションが行われ、沿岸への津波の影響の評価が行われていたことは注目に値する。 残念ながらその結果を活用した事前対策が行われることはなかったが、この例のように崩壊の可能性がありそうな火山に対して、事前にリスク評価を行うことは重要だろう。 崩壊現象の即時検知については、崩壊による地表面・海面の変位や地震動を観測によりいかに早く捉え、警報に繫げられるかが鍵だろう。島嶼域の活火山では、観測網の整備に加えて津波計を用いた観測システムの構築により、検知能力を増強する必要がある。 山体崩壊は他の火山現象と比べて低頻度といえるかもしれないが、地球上での発生頻度や規模を考慮すると、私たちが想定している以上にリスクが高い火山現象ではないだろうか。 アナク・クラカタウなど近年の事例は、山体崩壊のプロセスそのものの理解だけでなく、それが引き起こす災害に対しても重要な示唆を与えている。国内の山体崩壊研究やリスク評価の現状を見直し、今後の研究の方向性や対策について、あらためて考える機会が訪れているように思える。 大きな被害を出す山体崩壊。近年、山体崩壊と、それに伴う津波の観測で、メカニズムや周囲への影響に関する理解が大いに進んだ事例があります。続いては、カリブ海の英領・モンセラート島の解説をお届けします。 島はどうしてできるのか 火山噴火と、島の誕生から消滅まで 島……その創造と破壊から、地球の姿が見えてくる
前野 深(東京大学地震研究所准教授)