監督の努力実り感慨 「富岡西らしさ貫いて」 旧友の阿南・谷さん /徳島
<センバツ2019> 「小川の今までの努力がようやく実った」。創部119年で初の甲子園出場を決めた富岡西の小川浩監督(58)の旧友で、阿南バッティングスタジアム(阿南市宝田町)のオーナーとして選手たちの成長を見守り続ける谷和紀さん(58)は感慨深げだ。【岩本桜】 投手出身の小川監督とは、小学生からバッテリーを組み、中学も野球部で共に白球を追いかけた。高校は別々の学校に進学したが、今では月に数回は会い、互いの野球観をぶつけ合う。小川監督を昔から野球一筋の男と評し、「いまだに野球の話で言い争いになる」。小川監督も「気のおけない仲」と互いに認め合う存在だ。 1983年に高校野球部の監督に就任してから、甲子園まであと一歩で涙を飲んだ姿を何度も見てきた。昨夏の徳島大会で富岡西がベスト4に終わった時は「今年の秋が勝負だぞ」と激励した。練習時間や場所、選手の数も限られる進学校がどう全国へ駒を進めるか。練習や指導法を何度も見つめ直してついにつかんだ甲子園の切符。「小川の苦労を知っているから、やっと決めてくれたと思いました」と健闘をたたえる。 グラウンド用の黒土などを整備・販売する職に就く傍ら、夜はバッティングセンターのオーナーとして球児たちを見守る。幼い頃から通っていた選手も多く、安藤稜平選手(2年)には昨秋の四国大会後「お前の決勝スクイズで甲子園がつながったな」とねぎらった。選手たちの親と一緒に試合を観戦して成長を見守るのが楽しみの一つだという。 「富岡西らしい野球を貫いてほしい」。谷さんが監督やチームに託した思いだ。堅守でリズムを作り、少ない好機を得点につなげる。監督が磨き上げてきた富岡西の野球を、晴れ舞台で惜しみなく発揮することを願っている。