意外と知らない、新入社員の「働くこと」に対する意識の変化《「人並みで十分」がこの20年で増加》
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか? 【写真】日本には人が全然足りない…データが示す衝撃の実態 なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に…… 話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。 (*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
高まる余暇への選好
現代日本人は、なぜ長時間働かなくなったのか。近年の労働時間の減少は、2019年に施行された働き方改革関連法など法規制の影響を受けているとみられる。しかし、それと同時に労働時間というものは、社会的な規制や企業からの要請を踏まえながらも、労働者個々人が選択するものでもある。そう考えれば、人々の労働時間が減少したことはやはり個々の労働者の意思の反映とも考えられるはずである。 自身の賃金水準を所与としながら、余暇と労働に1日24時間をどう配分するかを決める。それが個人の労働時間選択の基本的な決定メカニズムである。つまり、より高い収入を得たいのであれば労働時間を延ばす必要があるが、そうなれば当然余暇の時間を削ることになるため、このトレード・オフの中で人は労働時間を決める。そう考えれば、現代人は過去よりも余暇に重点的に時間を配分するほうが自身の幸せに適うと考え、その結果として平均労働時間の減少が生じているのだろう。 人々の働くことへの意識変化はデータからも確認できる。日本生産性本部と日本経済青年協議会が新入社員に対して行っていた調査である「新入社員『働くことの意識』調査」(同調査は2019年でとりやめになっている)をみると若い人の働く意識は過去から大きく変化している様子がうかがえる(図表1-25)。 同調査によると、「あなたは、人並み以上に働きたいと思いますか。それとも人並みで十分だと思いますか」という設問では、「人並みで十分」と答えた人が2019年時点で64%にのぼり、2000年時点の43%から21%増加している。 人々の働く意識について、現代ではZ世代特有の価値観という点に焦点があたることが多い。そういった世代論的な解釈やあるいは制度的な背景を指摘することもできるだろうが、時系列のデータを眺めていると、若い世代の意識は市場の需給から一定の影響を受けているようにみえる。 たとえば、「残業について、あなたはどう思いますか」という設問に「手当にかかわらず仕事だからやる」と答えた人の割合は、1980年の36%から1990年に27%まで下がり、その後高い水準を維持した後、2019年には13%にまで大幅に減っている。あるいは、「デートの約束があったとき、残業を命じられたら、あなたはどうしますか」という質問に対して「ことわってデートをする」と答えた人の割合も、1991年に37%とピークを付けた後、2011年に13%まで下がり、2019年には再び36%まで急上昇している。 これらのデータを見てバブル世代は不真面目だったと解釈する人もいるかもしれないが、こうした人々の意識もその時々の市場環境に応じて形成されている。つまり、労働市場の需給が緩く、労働者の立場が弱かった時代であれば、企業のためにサービス残業をしてまで働かなければ、自身の立場は危うくなる可能性が高い。 一方、現代のように人手不足が深刻化している時代においては、所属している企業の労働条件が気に入らなければ、労働者は他の企業に活躍の場を移せばよい。市場の需給が労働者の意識に影響を与え、結果として行動も変容させているという側面もあるのだと考えられる。 さらにいえば、世の中が豊かになるにつれて、そこまで働かなくてもそれなりには暮らせるようになっているという長期的なトレンドもあるだろう。 ケインズは、1930年当時、100年後には英国や米国など豊かな国々では、テクノロジーの進歩によって週15時間労働が達成されると予測した。テクノロジーが進歩すれば労働者の労働生産性は上昇するため、それなりの消費生活を前提にすれば、人は労働時間をそこそこに抑えて充実した余暇を過ごすことができるようになるというのが当時の予想であった。 残念ながら週15時間労働という予想は大きく外れることになったが、この予想は現代においてもいまなお緩やかに当てはまっていると考えられる。昨今、週休3日制が新しい働き方として注目を集めているが、過去週休1日から週休2日に移行したように、長期的にみればそのような動きが徐々に広がっていくこともあるかもしれない。 改めて、近年の労働時間減少の要因を個人の観点から捉えてみれば、あくまで個々人の合理的な選択の結果としてそれは実現しているのだと考えられる。つまり、より短い時間でそれなりの報酬を得たいという人が増えたから、現在のように労働時間が短い労働者の数が増加しているのである。
坂本 貴志(リクルートワークス研究所研究員・アナリスト)