イオンのデジタル人材育成プログラム どこでも通用するスキルを身につけるには
デジタル人材の開発は、現代のビジネス環境において、企業の競争力を左右する重要な要素です。しかし、育成方針の策定やプログラムの開発などにおいて戦略的に取り組むことは難しいという声を耳にします。イオングループでは、自社で定義したデジタル人材の区分に加えて、経済産業省と独立行政法人情報処理推進機構(IPA)がとりまとめた「デジタルスキル標準(DSS)」を活用することで、体系的な人材育成に取り組んでいます。同社が掲げるデジタル人材の育成方針やDSSを活用した理由、具体的なプログラム詳細などについて、人材育成部 デジタル人材開発グループリーダーの青野 真也さんにお話をうかがいました。
中期経営計画の重点項目「デジタル」の推進を目指し、自社に必要なデジタル人材を定義
――貴社では2022年にデジタル人材開発グループが発足し、デジタル人材の育成と活用を推進されています。そこに至るまでの経緯を教えてください。 イオングループにおける2021年から25年までの中期経営計画では「5つの変革」と題して重点項目を定めており、その一つ目として掲げているのが「デジタル」です。少子高齢化に伴う働き手の減少や、社会全体のデジタルシフトといった環境変化に対応しながら、お客さまのニーズに応えていくためにDX推進が求められている、という理由があります。 DX推進をリードするデジタル人材を、イオングループ全体で増やしていくための戦略の一つが社内での人材育成です。実はデジタル人材の育成カリキュラムは、2015年から存在していました。当社ではイオンビジネスクール(以下、ABS)という教育プログラムがあり、そのうちの一つのコースとしてデジタルコースがあったのです。 以前は、グループ内のデジタルに対する意識がそれほど高くありませんでした。DXが大事だと認識していても、あまり自分ごととして捉えていない社員が多かったと思います。転機になったのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行でした。店舗の営業に制限がかかる一方で、Eコマースやネットスーパーなどの業態が広がり、仕事ではオンライン会議が当たり前になりました。多くの社員がデジタル化を身近に感じ、必要性も理解されて、従来のデジタル人材の育成カリキュラムを見直そうという流れになり、2022年から本格的に再考することになりました。 ――カリキュラムの見直しは、具体的にはどのように進めたのでしょうか。 チームが発足してまず行ったことは、デジタル人材を再定義することです。イオングループにおけるデジタル人材を「IT・デジタルを活用して自社や顧客に価値提供できる人材」としました。Eコマース事業の領域はもちろん、ビジネスにおけるデータの活用、リアル店舗の運営効率化、バックオフィスの生産性向上など、デジタル活用が求められる領域は多岐にわたります。 さらに、イオングループで求められるデジタル人材をより具体化するため、六つの職種と三つのレベルを定義しました。職種は「プロダクトマネージャー」「デジタルマーケティング」「データサイエンティスト」「社内SE」「UI/UXデザイナー」「エンジニア/プログラマー」の六つで、それぞれの職種に対し3段階のレベル「ジュニア」「ミドル」「ハイ」に分け、合計で18の区分を設けました。 この定義に基づいて、イオングループ各社で戦略に沿った人材ポートフォリオの策定を目指しました。18区分の中に既存の社員を配置し、必要な人材を把握することで、どの職種でどのレベルの人材が足りないのかが可視化されます。それに合わせて「まずはハイのデジタルマーケティング人材を採用する必要がある」「何年後かにはUI/UXデザイナーのミドルをこれだけ育てたい」など、具体的に人員計画が立てられるようになりました。 イオングループはコングロマリットなので、規模が大きく事業も幅広いため、職種の定義をどのようにするかは非常に悩みましたが、グループ各社と議論をしながら決めていきました。デジタル人材と一口に言っても、イメージする職種は人によって大きく異なります。ひたすらプログラミングをするイメージを持つ人もいれば、プロジェクトマネージャーのような職種を含める人もいますので、認識のズレを合わせるためにも言語化できたことは非常に大きな成果でした。 もちろんすべて自社で育成・採用するのではなく、外部ベンダーや業務委託の活用など、いろいろなパターンがあると思います。しかし採用をするのか育成をするのか、それとも外部の力を借りるのかという意思決定をする際に、人事部門と事業部門が共通の目線で話せる指標があることは非常に重要です。 例えば、「ミドルのデータサイエンティストが必要だが、ゼロから育成すると3年はかかる」という場合に、目の前の課題解決のためにいったんハイクラスのメンバーを業務委託で入れつつ、既存の社員をABSのデジタルコースに派遣して3年後までの育成を目指す、といったロードマップを作成できます。