日本製鉄の「USスチール買収」はナゼもめるのか 日本人が無自覚な“ワシントンの視線”【解説:三井住友DSアセットマネジメント・チーフグローバルストラテジスト】
※本稿は、チーフグローバルストラテジスト・白木久史氏(三井住友DSアセットマネジメント株式会社)による寄稿です。
------------------------------------- 【目次】 1.USスチールを是が非でも買収したいワケ 2.米国が「鉄」に敏感な理由 3.日本人が無自覚なワシントンの視線 ------------------------------------- 日本製鉄による、米鉄鋼大手USスチールの買収がもめているようです。日本製鉄は成長が期待されるアメリカ事業へのシフトを進めていますが、そんな同社にとって経営不振が伝えられるUSスチールの買収話は、渡りに船といったところでしょう。USスチール経営陣の賛同も得て、すんなり進むかに見えた今回の買収ですが、労働組合や政治家たちの反対もあって、現在は膠着状態となっています。日本製鉄の経営陣は「大統領選が終わったので、冷静に議論できるようになった」とコメントしたと報じられていますが、事はそう簡単に進むのでしょうか。
1.USスチールを是が非でも買収したいワケ
■国内の鉄鋼需要の頭打ちから、日本の大手鉄鋼メーカーは海外ビジネスに活路を見出しています。米国は、中国やインドに次ぐ世界3位の鉄鋼消費国ですが、鉄鋼完成品の需要が年9,453万トンに上る一方、粗鋼生産は同8,053万トンにとどまり、米国内に限れば供給不足の状況にあります(2022年)。 ■現在は、主に中国からの安価な鉄鋼製品の輸入がこうした需給ギャップを埋めていますが、今後はトランプ新大統領による関税引き上げが想定されるため、輸入鋼材の流れが滞ることとなりそうです。また、米国内での工業生産の増加も期待され、鉄鋼需要は更にひっ迫する可能性が高そうです。 ■このため、日本製鉄にとってUSスチールが持つ米国内の高炉8基(うち2基は休止中)、電炉5基(うち2基は建設中)の生産能力は魅力的な資産といえそうです。もし、こうしたUSスチールの設備に日本製鉄の技術を導入すれば、その生産性、生産量はともに伸びる可能性が高く、今回の買収提案は魅力的な成長戦略と言ってよさそうです。また、USスチールは環境技術に優れた最先端の電炉メーカーを子会社に抱える上に、両社統合後の粗鋼生産高は世界3位の規模まで拡大する点も、買収のメリットとすることができそうです(図表1)。 ■そんな「ウイン・ウイン」だったはずの買収計画に反対してきたのが労働組合、バイデン大統領、そしてトランプ氏とハリス氏の両大統領候補でした。特に、トランプ氏はハリス氏に先駆けて買収反対を表明し、外国企業による米国企業の買収を審査する対外国投資委員会(CFIUS)も「安全保障上の懸念がある」と表明したことで、現在この買収は膠着状態となっています。 〈「話せばわかる」というけれど〉 ■選挙を意識したパフォーマンスもあったのでしょうか、大統領選の激戦州であるペンシルバニアに本社を構えるUSスチールの買収について、労働組合に配慮した両大統領候補が反対したのもある意味当然だったのかもしれません。大統領選も終わり、延長されたCFIUSの審査が今年末に延長期限を迎えることから、日本製鉄側はその進捗に楽観的な見通しを表明しています。「今回のUSスチール買収は、米国への投資を通じて米国内の雇用拡大が図られる」ことから、日本製鉄側は「話せばわかる」とのこと。しかし、心配な点がないわけではありません。 ■それは、(1)ハリス氏に先駆けて買収反対を表明したトランプ氏が大統領選に勝利してしまったこと、(2)CFIUSは既に「安全保障上の懸念」を表明しており、それを覆すには相応の材料や論理が必要なこと、そして、(3)来年1月のトランプ新大統領就任前の慌ただしさ(どさくさ)に、はたしてCFIUSは審査を終結させることが可能なのか、という3点です。中でも、政権移行期の「権力の空白期間」に案件審査を進めようとすれば、「アンフェアだ」と感じる人は少なくないのではないでしょうか。 〈買収成功に懐疑的なマーケット〉 ■USスチール買収に自信を見せる日本製鉄の説明とは裏腹に、市場では買収成功に懐疑的な見方が広がっているように思われます。日本製鉄は昨年12月にUSスチール株を1株55ドル(時価39.33ドルに約40%のプレミアムを加えた価格)、総額約141億ドルで買収すると発表しました。そして、買収提案の発表直後に株価は急騰し、一時50.20ドルの高値を付けました。しかし、今年3月15日にバイデン大統領が買収への反対を表明したことをきっかけに株価は急落し、足元では買収提案前の株価水準となる40ドル近辺での推移となっています。 ■通常、買収提案を受けた企業の株価は徐々に買収価格に向かって収斂していくのが普通ですが、USスチール株に関する限り、現状ではそうした動きは見られません。市場は今回のディールの失敗を織り込みに行っているようにも見えますが、何が日本製鉄のUSスチール買収を妨げているのでしょうか。
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